K’s Jazz Days

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ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

萩原朔太郎:昭和詩鈔(冨山房百科文庫,1977年)ボクの旅の伴


萩原朔太郎:昭和詩鈔(冨山房百科文庫,1977年)
(成田のラウンジにて撮影)
 
初版は昭和15年で,その型を使って出版された本である.だから触ると,活版の感触が生々しくつたわる.勿論,仮名遣いも当時のまま.

戦前期の詩の選集であり,朔太郎の病的な気質が暗く投影されいる様なのか,先のみえない時局の故なのか,灰色の空が広がる.その空の下にあるのは,震災後のモダン都市・東京であり,大陸まで放射状に広がる日本社会.その空気がやるせなくも美しい.

ボクは少し長く出かけるときには必ず持参し,その空気の中での僅かな孤独感を自分自身に演出しているように思う.だから人恋しくなり,旅先で人と会うことがとても楽しくなるのだ.

活版の味や手触りが伝わるだろうか.安西冬衛の「春」.はじめて,この本で読んで,韃靼という言葉の持つ大陸への憧憬に痺れてしまった.


今日のボクはというと,昨日,知人から貰ったホロヴィッツのアンコール集を聴き続けていて,朔太郎に頼まなくても,十分に調性が狂いかけの気持ちを持て余しているのだ.さあ,これからフライト.

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同書に掲載された津村信夫の詩をひとつ.

夕方、私は途方に暮れた 津村信夫(同書,64ページ)

夕方、私は途方に暮れた。

海寺の磴段で、私はこつそり檸檬を懐中にした。

——海は疲れやすいのね。

女が雪駄をはいて私に寄添つた。

帆が私に、私の心に還つてくる、
記憶に間違ひがなければ、今日は大安吉日。
海が暮れてしまつたら、私に星明りだけが残るだろう。

それだのに、
夕方、私は全く途方に暮れてしまつた。