Fred Hersch plays Monk: Thelonious (1998, Nonesuch)
1. 'Round Midnight
2. In Walked Bud
3. Crepuscule With Nellie/Reflections
4. Think Of One
5. Ask Me Now
6. Evidence
7. Five Views Of Misterioso
8. Let's Cool One
9. Bemsha Swing
10. Light Blue/Pannonica
11. I Mean You
12. 'Round Midnight (Reprise)
piano solo
ボクはモンクのピアノがとても好きだ。よろめいたような疎らな音がもつれてもつれて,ときとして音がぶつかって弾ける。弾けたときの音の一つ一つがとても強い偏光特性をもっていて、気持ちとあったときに透き通ったような光が射し込む。真っ黒な塊のなかから。
さらに畳み込むと、そんなモンクの曲の美しさもジャズのなかで特異な位置を占めているように思える。モンクのあの弾き方と対になったような不思議な曲調が多いのだ。だから、Solo on Vogueのようなモンク自身の自作自演集の素晴らしさときたら。静かな夜半過ぎにヴォリュームを落として聴いていると、なんだか違う世界の入口を教えて貰っているような感じ。既に1940年代にそのような音世界を独りで創っていたのだから、殆どが余生みたいなヒトじゃなかったのか?この世をイキテイルようでイキテイナイ人。リアル・タイムに亡くなったときの小さな新聞欄をみたのだけど、まだ生きていたんだ、って感じ。同時期に亡くなったミンガスの派手さ、ジョニ・ミッチェルのアルバム(ミンガス)にまで声がはみ出しているからね、とは随分違った。
これはモンクのSolo on Vogue(1954)よりEvidence。
モンクのアルバムを聴いたヒトの反応は二つにきれいに分かれる。好き、と、嫌い。音楽を音と音の隙間の揺らぎで楽しむヒトに好かれているように思う。
前置きが長くなった。
そんな美しくも、頓狂で、そしてヒップにグルーヴするモンクの曲を奪胎換骨し、無色透明の結晶にしたハーシュ。音の数を増やしているわけでなく、ときとしてつまずくような素振り、モンクのような、まで交えているのだけど見えてくる景色が全く違う。モンクの曲を素材として使いながら、モンクの曲の美しさを改めて知らしめながら、どこから聴いてもハーシュのアルバム。ジョビン曲集もそうだったよね。なんでだろう?
モンクが打鍵の強さ・アクセントでグローヴさせるような垂直的な音が旋律の断絶感となり、それが好き者にはグルーヴ感を与え、ある者には嫌悪感を与える。ハーシュの演奏は音が断続するモンクの曲であっても、とても水平的な音がある種の予想曲線を与えており、疎な音の密度がピアノを美しく響かせている。うまく違いをコトバにできないのだけど。これはモンクのLet's cool oneを弾くハーシュ。
すっかりクラシックに溺れたような日々だったのだけど、ジャズへの関心をつなぎ留めてくれるハーシュには日々頭があがらないのだ。