仕事で国内を移動している。金澤を出て東京で明け方の満月をみたあとに早朝のフライトで千歳に降り立った。北大に用事があったから。札幌の街を歩いていると、寒くも暑くもない丁度良い秋の陽気。大気には湿り気がなくて、それだけでここが日本であることを忘れさせる力がある。そう、違う土地にきた、という実感。
仕事の後は、本当に古くからの知己が集まりタイ料理屋で食事をした。タイとの交流イヴェントを行っている仲間達。札幌まで行って、タイ料理はないだろう、という気もするのだけど。でも狸小路のタイ料理屋さんは存外に良かった。その夜は雨で、食事の後は一緒にマンハッタンへ行ったSさんと通りに口が開いたバーで一杯。雨混じりの風が気持ちよい。随分と気持ちよく酔ってしまった。またマンハッタンへ行きたいねえ、と酔っぱらって繰り返していた。
翌朝はすっかり雨もあがって晴れていた。札幌に一泊しかできないことが、とても残念だった。バンコク並みに怪しげな、すすき野界隈のホテルから出て見上げると、少し眩しい感じだった。そして何だかおかしな感じがした。そして懐かしい。飛行船が浮かんでいたのだ。子供の頃には、宣伝用の飛行船を随分見かけたような気がするのだけど。久しぶりだ。秋の空に浮かぶ飛行船を暫く見上げていた。大きな白い腹をみせ、小さな尾びれ。とても非現実的な光景。
そんな秋空、飛行船が浮かぶ空、を見ていたら、思いだした。清岡卓行の小説「鯨もいる秋の空」という題名。内容はすっかり忘れてしまったが、「アカシアの大連」からの続きの小説。かつての大陸の清澄な大気、そして厳しい冬の後の春、アカシアの花、そんなことが欠片のように記憶の底に残っている。北海道の空は樺太から狭隘な間宮海峡を挟んで韃靼の地に通ずる。かつての北の交易路。そんな韃靼の南端、満洲の大連の秋空に鯨がいるのならば、大陸に繋がった札幌には空飛ぶ鯨たる飛行船がいるのだろうな、って酔い覚めのような頭でぼんやりと考えていた。札幌にはアカシアの花は咲くのだろうか。
帰ったら久しぶりに清岡卓行の本を読もうか。亡くなって久しいなあ。