Oliver Knussen: 武満徹/Quotation of Dream London Sinfonietta(DG, 1999)
1. Day Signal (1987) - Signals from Heaven I
2. Quotation of Dream (1991) - Say sea, take me!
3. How Slow the Wind (1991)
4. Twill by Twilight (1988) - In Memory of Morton Feldman
5. Archipelago S. (1993)
6. Dream/Window (1985)
7. Night Signal (1987) - Signals from Heaven II
London Sinfonietta / Oliver Knussen、Peter Serkin(p), Paul Crossley(p)
大学のときに第二外国語でドイツ語を習った。一年目はヘッセ、二年目はルカーチのGeschichte und Klassenbewußtsein(歴史と階級意識、わりと有名なマルクス主義の歴史哲学書、著者はハンガリー人でハンガリー動乱時のナジ政権の文相)というメチャクチャなカリキュラム。すっかり忘れてしまった。ただ、ゲシーヒテ ウント クラッセンヴェブストザインを習ったよ、ってドイツ人に云うとウケルので覚えているだけ。
ボクがなぜが覚えてるのはKrystal Nachtというコトバ。水晶の夜。決して美しいコトバではなくて、ナチによるユダヤ人商店の一斉排撃の結果、割れた窓硝子が水晶のように煌めいたから。そのような歴史事実とは別に、Crystalよるも硬質な語感に魅惑されて記憶の奥底に沈んでいた。(Kristallnacht ともいうそう)
どのような事柄と結びついていたかというと、20代の頃、ある条件で吞んでいて、吞むほどに意識が覚醒し、時間の観念が止まり、闇のなかに意識が溶け出してしまうような感覚。そして大気の透明度が極限まで高くなって、星の煌めく音まで届いてくる感覚。何回かあった。そして悄然と朝を迎える。
そんな感覚が何故、どのように訪れるのか分からないのだけど、そのような夜に見上げた空と聞こえてくる音の記憶だけがしっかりと刻印されていた。ときどき、記憶の表層にあがってきて陶然としてしまう。なぜかそのような記憶にはKrystal Nachtという荷札がついているのだ。
もうそれから四分の一世紀過ぎた。突然、Krystal Nachtが訪れた。あの頃の感覚が溢れるように湧き出し、まわりの空間が違っていることを強く知覚した。そしてまた悄然と朝を迎えた。それが何を意味するのか、知ってはならないような気がした。
それが覚醒した状態でみる夢なのかどうか、ボクには分からない。夢って何なのか、分からないから。起きているって?寝ているって?
そんな不思議な感覚を反芻するように時を過ごしているのだけど、たまたま聴いているのは武満徹の「夢の引用」。そんな気分に良く合っていて、再びボクのKrystal Nachtに連れて行ってくれる感覚。勿論、そのような状態にはならないのだけど、第三者となって、そのような状態を見下ろしているような鳥瞰した状態。だから「夢の引用」なのだろう。
武満徹は有名なNovember Stepsを聴いて、尺八のあざとさ(あからさまな東洋趣味狙いのように感じた)で興味をなくした。最近、幾つかのピアノ曲を紹介頂き、その美しさに惹かれて聴き出したところ。大きな編成はNovember Stepsの嫌な記憶があるので避けていたのだけど。
このアルバムは「夢の引用」だけ二台のピアノ(Peter Serkin, Paul Crossley)が入っていて、あとは大きな編成。特にピアノがはいった「夢の引用」と弦楽の対比が美しく、ピアノの音が夢の中で聴いた星の音のような気がしてならない。夢、といより、ボクのKrystal Nachat。
そんな官能的な知覚の異変と一緒に音の記憶も仕舞われていく。海馬体の奥に。そしてそれは、いつしか消滅していく。それが溶けるほどに気持ちの良い事実であるのだけど、そんな自分では御せない知覚の罠を楽しんでいいのやら。面白い日々なのだ。
ピアノの入っていない最後の曲です