K’s Jazz Days

K’s Jazz Days

ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

Jazz会#南米大会:陰翳を放つ光を求めて

 南米の音楽に惹かれるのは何故だろう。30年くらい前に南米文学に惹かれ、マルケスボルヘスを読んでみたのだけど、不条理に呑みこまれて、あまり続かなかったのだけど。南米の音楽は享楽的なようで、快楽と表裏をなす生きることの苦味のようなものが滲みあがってくる感じ、があって、その味わいの深さに惹かれているように思える。政治的には軍事政権の弾圧を経験した世代の奏者が多く、不条理に消えていったヒトも多かったから。ボクたちには想像もつかない。

 そんな時代の奏者たちが放つひかりや陰、そのようなものが彼らの魅力ではないか。ミルトン・ナシメントの透明な美声、トニーニョ・オルタの暖かさ、ジョアン・ジルベルトのシニカルな味わい、そして何よりもエグベルト・ジスモンチの天蓋から落ちてくる光の破片のような音、エルミート・パスコアールの真にradicalな音の再構築。彼らのオトは享楽的ではなくて、いつも光と陰のなかに生きている。それが、今のブラジルやアルゼンチンの音楽の魅力。陰翳を放つ光を求めて、ボクは聴き続けている。

 そして上手く云えないのだけど、透明度の高い大気や波立つ水面に射しこむ光をみるような、感じ。そして人肌よりやや冷たい温度感の音造り。時間を静かに遡行し、気がつくと自分で忘れてしまっていた古い記憶のなかに連れて行かれる。そうノスタルジイをゆっくりと喚起するような旋律。決して昂ぶらない。かぜ、ひかり、みず、そんな言葉とともに聴いている。金澤に引越し、金澤で暮らしているなかでの心象風景としっかり共鳴しているように感じる。微温のラテン音楽と金澤は合うのか?

 もうひとつ忘れてはいけないのは、プラットフォーム(ものごとの基盤)たるジャズ。最近思うのだけど、ジャズって「音楽のスタイル」ではなくて、「音楽のプラットフォーム」ではないのか、ということ。ジャズを経験した奏者が、民族のココロの基層にあるオトを弾きだすとき、その音がジャズの語法を援用した民族語のようなオトになっている。いわばクレオール語の発生過程における「市場(マーケット)」のようなものがジャズ。それがプラットフォームの意味。ここで云う市場とは金融資本主義が声高に云う市場じゃなくて、かつてアジールで開かれた物々交換の場所、歌垣をともなうような場所のこと。

 これから並べる楽曲はジャズを聴く会(ジャズ会)のメニューなので、ジャズを切り口にスタートしたいと思う。

0.プロローグ
Andre Mehmari: Beatles(2005)
1977年生まれの若手ピアニストが弾くビートルズをどうぞ。ブラジルのMPBの基点のひとつがビートルズとか。

1.ジャズと南米の交差点
やはりジャズ会だからねえ
(1)Chet Baker Sings (1956)
Chet Baker(vo,tp), Russ Freeman(p), Carson Smith(b), Bob Neel(ds)
このアルバムを聴いて、ブラジルでボッサ・ノヴァが生まれたって聴いたときは驚いたけど、今は自然に受け止めることができる。


(2)Stan Getz: Getz Gilbert (1963)
Antonio Carlos Jobim(p), Joao Gilberto(g,vo), Astrud Gilberto(vo), Stan Getz(ts)
またもや!だけど、またもやなのです。


(3)Chick Corea: return to forever(1972)
Chick Corea(p), Joe Farrel(fl, ss), Flora Purim(vo, per), Stan Clarke(b), Airto Moreira(ds, per)
やや重い印象があるチックが軽く解き放たれた瞬間を捉えた名作。モレイラ・プリムのブラジルからの二人が要ではなかろうか。


(4)Wayne Shorter: Native Dancer (1974)
Wayne Shorter (ss,ts), Milton Nascimento(vo), Herbie Hancock(p), Airto Moreira, Dave McDaniel, Roberto Silva, Wagner Tiso, Jay Graydon etc.
ボクはこれでブラジル、というかミルトンに惹きこまれた。DolphyのLast Dateの次に好きなアルバム。ミナスの音楽っていいなあ。

(5)Pat Metheny: Offramp (1982)
Pat Metheny(g), Lyle Mays(key), Steve Rodby(b), Nana Vasconcelos(perc,voice), Dan Gottlieb(ds)
ECM末期のパットの魅力は陰影ではなかろうか。その素敵な小道具としてブラジルのNanaが使われている。


(6)Pat Metheny: The road to you(Live) (1993)
Pat Metheny(g), Lyle Mays(p), Steve Rodby(b), Paul Wartico(ds), Armando Marcal(per, voice, etc.), Pedro Aznar(voice, per, etc.)
こっちの小道具はアルゼンチンのAznar

 

2.アルゼンチンの透明な華
カルロス・アギューレを知ったときは心底驚いた。なんとなく魅力が薄れた(ように思われた)PMG(パット・メセニー・グループ)の純度をぐっと上げたような音楽に驚愕したのだ。淡いフォークロアの薫りを漂わせながら、透明度の高い音を精緻に組み立てている。ピアノも弾くし、ギターも弾く。声も美しい。Shagrada Medraレーベルを主宰していている。 カルロス・アギューレと彼の周辺のオトを。
(1)Carlos Aguirre: Violeta(2008)
一番新しい一枚。近作ほど、音が抽象的になっているように感じる。またこれらの原盤のジャケットは水彩や切り紙が手作り。パッケージそのものがクラフト・ワークの楽しさに溢れている。触ってみてください。


(2)Carlos Aguirre: Crema(2000)
ジャズに一番近い感じだけど、これはもう彼の音楽としか云いようがない。水彩のジャケットが綺麗。


(3)Carlos Aguirre: Disco Rojo(2004)
一番フォルクローレの味わいがある。だけど温度は高くないので楽に聴ける。


(4)Francesca Ancarola & Carlos Aguirre: Arrullos (2008)
チリの女性歌手とアギューレの共演。アギューレはピアノを弾いています。なんかシンプルなんだけど、少しだけ心が温まる感じ。


(5)Lilian Saba: Malambo Libre(2003)
女性ピアニスト・サバとアギューレの共演盤。しにじみ感満点


(6)Luis Chavez Chavez:Resonante(2011)
アギューレのShagrada Medraレーベルからの新作。クラシック寄りのギターだけど、時折、暗く深い淵が開いているような音が。


(7)Sebastian Macchi-Claudio Bolzani-Fernando Silva: Luz De Agua(2005)
タイトルは輝く水。透明な微温のラテン音楽は美しい。

 

 

3.アルゼンチンの女性歌手の蠱惑
ここで取り上げる二人は才気煥発というコトバがぴったり。彼女たちのオトの裏に、ブラジルのパスコアールとかジスモンチを感じるヒトは多いようだ。イリオンドのアルバムはジスモンチ・プロデュースだったりするしね。
(1)Nora Sarmoria:Fenix Espiral(2010)
もうボクはメロメロ。ラテンの矢野顕子みたいな感じで、粒立ちするピアノ、溢れ出る個性に痺れた。


(2)Silvia Iriondo: Tierra Que Anda(2002)
ジスモンチ・プロデュース。哀感に胸衝かれるアルバム。パンパの果てを彷徨う旅芸人の姿が浮かぶ。


(3)Silvia Iriondo: Mujeres Argentina(2010)
イリオンドの近作。ややインパクトが足りないかなあ。でも静謐なオト世界はいいですよ。

4.ブラジルに眼を向けると
(1)Hermeto Pascoal:Slaves Mass (1976)
ジョビンやナシメントが表ならば、パスコアールは裏。密林で発酵したサル酒のような音楽。ブタまでも音楽にするアザとさ。


(2)Egberto Gismonti:Sol Do Meio Dia (1974)
ジスモンチはかなりの数をECMから出している。単なる静謐ではない、毒を含んだ鋭いオトを突きつける。


(3)Egberto Gismonti:Carmo(1977)
ブラジル録音では、彼の野生とか毒が剥き出しになるから面白い。


(4)Nana Vasconcelos: Nana Nelson Angelo Novelli(1974)
打楽器のナナは、いつも狂言回しのような役回りなのだけど、これは案外イケる。


(5)Nana Vasconcelos:Sinfonia e Batuques(2011)
全く変わらないオトの世界で、何となく嬉しくなってしまった。水面を叩く音を使っているのだから。


(6)Hamilton de Holanda & Andre Mehmari:Gismontipascoal(2011)
若いメルマーニがジスモンチとパスコアールに捧げるアルバムを。彼らの曲の素晴らしさを再発見させてくれた。そして、彼らの毒のあるオトの気持ちよさも。


(7)Andre Mehmari: Canteiro (2011)
歌をテーマにした素晴らしいアルバム。アギューレの声も素材として取り上げている。アルゼンチンもアギューレ一派と付き合いがあるようで。

5.エピローグ:アルゼンチンをもう少し
(1)Edgardo Cardodo & Juan Quintero: Amigo(2007)
フアン・キンテーロはAca Seca Trioのギーター弾き。気持ちのよいギター・デュオ。


(2)Aca Seca Trio(2003)
 フアン・キンテーロ(g)、アンドレス・ベエウサエルト(p)、マリアノ・カンテロ(perc)の三人組。リリカルなのだけど、少し温度が高いかな。


(3)Pedro Aznar:Caja de Musica (1999)
ボルヘス生誕100年記念ライヴとか。Caja de Musicaに収録されていたMercedes Sosaというフォルクローレの唄い手との共演。


(4)Abremente: Homenaje A Luis Alberto Spinetta(2008)
ルイス・アルベルト・スピネッタというアルゼンチン・ロックの重鎮(だそうです)へ捧げたコンサートのライヴ。アギューレの曲と、スピネッタ本人と共演しているアズナールの曲、どちらもとてもいい。


(5)Puente Celeste: Canciones(2010)
 プエンテ・セレステというグループ。メンバーは以下のとおり。ややポップな感じ。
エドガルド・カルドーソ Edgardo Cardozo (guitarra, requinto, voz)
ルシアノ・ディセンチャウス Luciano Dyzenchauz (contrabajo, bajo)
マルセロ・モギレフスキー Marcelo Moguilevsky (clarinete, claro'n, flautas dulces, voz)
ルカス・ニコティアン Lucas Nikotia'n (acordeo'n, piano)
サンティアゴバスケス Santiago Vazquez (percusio'n, mbira, voz)

このあたりで酔っ払っているだろうなあ。おやすみなさい。