音が、時間と、そのときの空間の肌触りと、そして裏側から皮膚に貼りついたような内面の焦げ具合の栞となることがある。
あれは20年近く前。仕事に熱中している時分。涌き上がる力に自惚れていた頃のこと。
明け方に何かを書いていた。多分、論文か何か。集中しているから疲労感はなかったのだけど、なんだか自分とまわりの間に薄い膜のようなものがあって、掠れたような感覚が微かな疲れを伝えていた。もうすぐ夜明け。高校生のようにラジオをぼんやり流していた。
そのときに流れてきたのが、このアルバム。明け方に宙を切るようなトランペット。まさか彼、だとは思わなかった。ディストーションが弱く、綺麗といっても良い音。曲はJust damageと'Round midnight。まったく近藤等則らしくないのだけどね。曲が終わると、電話口に近藤が出て、アナウンサーと少し話をしていた。あの電話の詰まったような音響の回線からは、あの彼の声がしていた。さらに10年くらい前に川崎の自宅に用件があって電話したことがあった。そんなことまで思い出した。
理由はわからないのだけど、このアルバムを聴くと、未だにそのときの全てが蘇ってくる。だからボクにとっては、あの時間の缶詰。何にでも集中できた頃の。まあ奏っている彼とは関係のない話なのだけど。
夜半まで仕事をしていると聴きたくなるアルバム。
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近藤等則:Club new light(1993)
1. Just damage
2. Big joy
3. New girl
4. 'Round midnight
Toshinori Kondo(tp), Shinichi Osawa(b,g), Masato Nakamura(ts), B-BANDJ(Rap), Yasushi Kurobane(Fender Rhodes), others