K’s Jazz Days

K’s Jazz Days

ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

栗本斉:アルゼンチン音楽手帳(2013、DU BOOKS)ココロを跳ばすという意味において


 ココロを跳ばすという意味において、知らない場所に出かけてみる、あるいは知らない音楽を聴いてみる、は同じようなことのような気がする。毎日同じようなことが繰り返されることに飽いてきたとき、遠くに行きたいと思う気持ちで何かしら音を聴いている。

 普通のジャズ・ファンであるボクがウェイン・ショーターと共演したミルトン・ナシメントがブラジルへの入り口であったように、ブラジルのジスモンチが紹介するシルヴィア・イリオンドがアリゼンチンへの入り口だったような気がする。そこにブラジルよりも冷涼な水が流れる音楽が在ることを知った。大気の透明度もより高く、高緯度の光はよりスペクトラムの純度が高い。ほとばしる汗のようなものを感じさせる身体性は後退し、むしろ虚空に根ざすような抽象性を増す。が、心性の底へ降りていくような内向性が強く、聴き手の気持ちを捉えて放さない。

 そんな音を聴きながら、ゆっくりと知らない土地へ旅立つような、淡いトリップ感を味わう。そんな楽しみ方。

 冷たい4月を過ごし、春がはじまる前に夏のような5月から6月を過ごした。そして今、季節の進行は逆回りして、冷ややかな湿気が流れる時間を過ごしている。窓を開けると山際に流れる雲。今にも天蓋から抜けるように落ちる水。そんな梅雨らしい時間のなかで、久しぶりに聴いたシルビア・イリオンドの音楽は気持に良く合う。

 そんな現代(現実感はないのだけど、ボク達が生きる21世紀の)アルゼンチン音楽のガイド本が刊行された。とても装丁が美しい本でアルバム・ジャケットとアルゼンチンの淡い記憶のような景色が溶け込んでいる。それを眺めているだけで楽しい。決して厚くない本なのだけど、行間の含意に深みがあって、何回読んでも飽きない。音を聴くということが旅であり、そして音楽の聴き手も文章の書き手もともに遠くに旅したい存在であるこを心得た著者、の文章もすこぶる楽しい。そこが浅い「オシャレ音楽本」と一線を画している。過度な知識本になっていなくて、旅の本(ショッピング・ガイドじゃないよ)のような本当に好みの文章。

 最近、気になると勢いよく蒐集するイケナイ状態なのだけど、このような音楽はゆっくりとゆっくりと聴きながら、少しずつ手元に集めたいなあ、と改めて思った。

本でも取り上げられているSilvia IriondoのOjos Negros