K’s Jazz Days

K’s Jazz Days

ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

さようなら天使の街バンコク


 夜明け前にホテルを出た。軍人上がり、とはっきり分かる精悍な顔付・姿態の男がハンドルを握るタクシーは高速道路を疾走する。暁の中に高層建築が浮かび上がる。さようなら天使の街。

 バンコクは天使の街、と云われことを先日も書いた。天使はキリスト教のものでなく、タクラマカン沙漠の仏教壁画「翼の天使 」にあるような、仏教のもの。とりわけ、乾期の今、天使が風とともに頬に触れて飛んでいくことがはっきり分かる。ただ風に当たるだけで感じるような、甘い大気のなかにある街。

 一昨日は仕事先で歓迎会があった。若い人が伝統舞踊を披露してくれた。鳥のような衣装。あの長い爪は鳥の爪なんだって初めて知った。

 典雅な舞踊を見ながら、佛様のまわりを飛ぶ半人半獸の迦陵頻伽(かりょうびんが)を思い出した。澁澤龍彦の遺作「高丘親王航海記」がボクのなかの南洋の甘いイメエジを作っていて、その深い記憶のなかで迦陵頻伽の声が木霊のように響いている。昔の読書の甘い余韻のようなものを味わったような感覚で、少し嬉しくなった。Singha Beerを呑みすぎたからかもしれない。タイや日本の知己が入り乱れた談笑は楽しいものだった。

 今、ようやく高くなった陽を浴びながら、航空会社のラウンジで空を見ている。黄色い光が鈍い。未だ天使の街は軽く微睡んでいて、瞼が開いていない。天使達が起きてしまう前に、極東の空へ向けて飛ぶ朝はなんとなく寂しい。またね。