昨夜、野々市市内でドナルド・キーン講演会が行われた。700人収容の大会場ではあったが、齢92のキーン氏と聴衆の間の親密な空気を感じることができる、素晴らしい講演会となった。高齢であるキーン氏を支えるような、新潮社編集委員の堤氏の素晴らしい進行に経緯を表したい。(キーン全集の担当編集者だそうで、彼を知悉した素晴らしい人選)
実はキーン氏の本や対談は若干持ってはいるのだけど、読んではいない。今回の講演会の一部は、彼の日本文学論であったのだけど。むしろ彼が過ごした戦中期から戦後の激動期の日本、そしてそのなかにある古から変わらぬ「日本的なもの」への優しい眼差しがとても印象的であった。そして、ボクたちが子供の頃の日本で活躍されていた方々との交流、そんなことが訥々と語られ、確かに自分も経験した半世紀くらい前の時間のなかに戻って行くような錯覚を覚えた。
そう、その話は忘れちまった昭和への憧憬を強く駆り立てるものだった。未舗装の国道から上がる土埃、日本建築が連なる金沢や京都。彼が専門の文学以上に彼が生きた時代が薫る時間を過ごすことが出来た。本よりも、映像よりも、人そのものの語りが持つ強い力を知った夜だった。
その後、呑みながらぼんやり考えていたのは、昭和天皇ご自身より伊藤博文、乃木希典、山県有朋など元老と交叉した時間を「直接」語って頂けたら、希有の明治体験になったのだろいうなあ、ということ。間違いなく、彼らを知る人のなかで最後まで存命だった、と思うから。ただの妄想、なんだけど。そんな妄想をかき立てるほど、講演会の僅かな時間の間で戦後間もない金沢の様子を感じることができ、とても静かでとても刺激的な空間が現出したのだ、ボクにとっては。
追記:当日配布されたキーン氏推薦図書リスト
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1.源氏物語(紫式部)の現代語訳(誰の訳かはこだわらないようだ)
2.松風(世阿彌)
3.おくの細道(松尾芭蕉)
7.オイディプス王(ソポクレス)
11.人間嫌い(モリエール)