読書の秋。この本は面白かった。ゼロ金利状態が先進国に先駆けて突入した日本。そのゼロ金利の意味を、長い歴史の中で「資本主義の終焉」と位置付けている。そのメタ現代へ最初に日本が突入しつつある、という話。ゼロ金利は資本主義が利潤を得ることができない状況、が出発点。
資本主義の本質が収奪であり、本性として「周辺」から「中心」への富の収奪が行われる。植民地から本国へ、後進国の資源が先進国へ、様々な収奪。グローバル化による「周辺」の喪失と、内なる「中止」と「周辺」の顕在化。つまり収奪対象となる「周辺」の喪失により、先進国内部での貧富の差の拡大と、中間層の没落が生じ、ひいては民主主義の危機を迎える、との主張。
これから長い停滞の時代となり、それに適応できない資本主義は果てのない金融緩和とバブル崩壊を繰り返す、との予想。それなりの説得力。成長に対する幻想を捨てること、そして財政均衡を目指し、「未来からの収奪」を避けよ、ということ。
グローバル化による「低付加価値業務」の労働対価が低下している事実(単純労働の低賃金化)は、新興国との競争に晒されている故の現象と理解しているが、確かに「資本主義による内なる周辺の創出」との解釈もできる訳で、なるほどと思った。ならば、原子力のように技術的な手段による富の創出が一つの解(人からの富の収奪でないという意味で)たるものと思えるが、著者は福島の事故で否定的。つまり、成長無き時代での解はない、という立場。
経済政策に関して云うと、ボクは今の政権に対し否定的。円安でグローバル化の痛みを避ける手法は対症療法的であり、労働の高付加価値化による産業の高度化が正攻法ではないか。金融政策に頼るのは邪道とも思えるのだ。
著者の論旨からすると、池田信夫あたりとドンパチかと思ったが、そうでもないみたいで、何だかわからないモノだ、と思ったのはオマケ。