K’s Jazz Days

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ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

(ECM2459) 菊地雅章:Black Orpheus (2012) ある奏者のLast Date

 (何はともあれ、発売に漕ぎ着けたこと、をよろこびたい、と思う)

 誰もが知っている場所で、だけど誰も見たことがない場所へ行ってしまった、ある奏者のLast Dateを捉えた、ドキュメンタリーである。それだけで、価値はあり、またその内包するcontextは強すぎて、言葉でイイとかワルイとか、そんな戯言を跳ね返してしまう、と思う。そして、間違いなく音が持つcontextを抱きつつ聴くものに悪いものはない、いや、あり得ない。そんな皮肉な気持ちを持ちながら聴いた。

 聴いてみる。スピーカから溢れ出る音は、凄まじく美しい。コトバで捉えようとするようなつまらない行為が空しい。ただ美しいのである。キースのような天上から降りるような音でも、ハーシュのように人肌を感じさせる暖かい音、でもない。この世の中にあって、近づいている「もう一つの世界」への怖れ、や諦念、そして自分を包み込むもの全てが光り輝いているような、それも淡い光りで、そんな幸せとも不幸せとも分からぬ光陰のなかに、彼は既にいたこと、を感じてしまう。そんな、ドキュメンタリーなのだ。

 それまでの彼のソロにあったような、少ない音を畳み込むような、出てしまった音を追いかけて、更に新たな音を足していくような、そんな音の作りはあまり見られない。だから、音数は彼のソロ・アルバムとしては多い。彼のピアノ・ソロの魅力、寡音で空間を作っていくような世界は案外愉しめない。妖しい音の群が流れていく、その儚くも美しい時間を愉しむ、ような感じ。だから、大半のトラックでは、ECMでの「やや過剰な」残響付加は十分絶え得るものである。なくても、いいけれど。

 しかしながら、黒いオルフェと小さなアビイ、については明らかに残響過多だ。彼の弾き方が、彼の本来の味を出しているから。多分、「モンクの奇妙な味」から出発し、彼が到達した彼独自の音、それがこれら2曲に集約されている。強い残響によって、音の輪郭が緩くなっている、と思う。彼が意図して畳み込んだ音以上に干渉しているように感じる。

 是非、彼が遺したAfter Hoursの2枚を聴いて欲しい。残響をも喘ぎながら制御する彼のピアノの凄み、を味わうことが出来る。間違いなく、日本のスタッフのほうが菊地さんの理解者だ。

kanazawajazzdays.hatenablog.com

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[ECM2459] 菊地雅章: Black Orpheus (2012)
1. Tokyo Part I (Masabumi Kikuchi) 5:52
2. Tokyo Part II (Masabumi Kikuchi) 3:57
3. Tokyo Part III (Masabumi Kikuchi) 5:33
4. Tokyo Part IV (Masabumi Kikuchi) 7:27
5. Tokyo Part V (Masabumi Kikuchi) 5:05
6. Black Orpheus/Manhã de Carnaval (Antônio Maria, Luiz Bonfá) 8:17
7. Tokyo Part VI (Masabumi Kikuchi) 6:38
8. Tokyo Part VII (Masabumi Kikuchi) 7:38
9. Tokyo Part VIII (Masabumi Kikuchi) 6:30
10. Tokyo Part IX (Masabumi Kikuchi) 7:09
11. Little Abi (Masabumi Kikuchi) 7:43
菊地雅章(p)
Recorded live October 26, 2012 at Tokyo Bunka Kaikan Recital Hall
Recording Director: Satoshi Takahashi
Recording Engineer : Masatoshi Muto
System Engineer: Shinya Tanaka

Mixed at Rainbow Studio, Oslo
Mixed by Manfred Eicher, Jan Erik Kongshaug (Engineer)

Cover Photo : Fotini Potamia
Liner Photos : Abby Kikuchi
Design: Sascha Kleis
Album Produced by Manfred Eicher

Liner Notes [English] : Ethan Iverson
Piano Tuner: Norihito Onuma
Released: 01 Apr 2016