K’s Jazz Days

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ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

齋藤徹: Travessia (2016) (またもやの)Late comerであること

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齋藤徹: Travessia (2016, TRAVESSIA)
1. 王女メディアのテーマ (齋藤徹)
2. 組曲「ストーンアウト」より「序章」・「とんび」・「終章」  (齋藤徹)
3. Invitation (齋藤徹)
4. 組曲「浸水の森」より「夜」 (齋藤徹)
5. Naquelle Tiempo ‐ あの頃 (ピシンギーニャ)
6. バロンミンガス
7. エスクアロ (アストル・ピアソラ)
8. アルマンド (バッハ) *無伴奏チェロ組曲6番より
9. 霧の中の風景 (齋藤徹)
10. Toda Mi Vida ‐ インプロヴィゼーション (齋藤徹)
齋藤徹 (Contrabass)
2016年7月8日 永福町 sonorium にてライブ録音

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ボクはいつもLate comerだ。Too lateなのだ。浅川マキだってそうだし。演奏を聴く機会がもうないのだ。だから機会を捉えライヴを聴くように、とはいつも思っているのだけど。

齋藤徹も昨年末あたりから、気になってCDを集めていたが、早々にこの世を去ってしまった。

大友良英なんかもそうだけど、(ほぼ)同世代のフリー系(雑な云い方だけど)の奏者は聴き逃している。大学時代に面白さにハマったアヴァンギャルドな音なのだけど、25歳の頃、社員寮で酔っ払ってエヴァン・パーカーのソロを大音量で聴いてから(勿論、怒られた)、憑きものが落ちたように興味がなくなった。そして奇しくも30年後、同じエヴァン・パーカーの来日公演(ソロ!)を聴いて、頭の中にフリーを聴く回廊が復活したのだ。丁度、その30年の間に活躍しはじめた方々は、全く聴けていない。齋藤徹は富樫雅彦との演奏で知ったかどうだか、の頃に、そんな訳で意識から消えていったのだ。

日本のアヴァンミュージック本で再び、その名前を見てから聴きはじめると、フリーだかなんだか、という定型的な枠ではなく、コントラバスの「あらゆる音」を「あらゆる形」で聴かせるような、スケールの大きさに惹かれた。そして、その低音が生み出す様々な律動が実に心地良い、のだ。

だから、フリーだとか、インプロだとか、そんなことは気にならなくて、齋藤徹の音を楽しむ、そんな感じ。昨年のECMでのバーレ・フィリップスのソロも随分愉しんだが、深みを感じさせるフィリップス以上に、音の(組み立ての)ダイナミックレンジの大きさ、空間の大きさが印象的。

このアルバムは還暦記念のコンサートを収録したもの。ボクはライナーノートは殆ど読まないのだけど、丁寧なしつらえのCDに感嘆して、つい読んでしまった。齋藤徹の率直な文章もベースの音と同じように楽しかった。同じ世代として、自分が持っているskill、得てして自分の職能的存在の全てのようにも思える、への自己評価の揺らぎ、に大いに共感。不完全性を自認しているから、まだまだ成長したいのだ。

そんな文章を読んだ後、(またもやの)Late comerであることが、残念でならなかった。でもアルバムの中の音は生きていて、こうやってボクに感銘を与えてくれる。

最後になるが、録音もすこぶる良い。少し贅沢な音響装置で、少し大きめの音量で聴くコントラバスの音は嬉しい。