K’s Jazz Days

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ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

嶋護:ジャズの秘境(2020) ジャズを聴く愉しみを再確認させる本

ジャズの秘境 今まで誰も言わなかったジャズCDの聴き方がわかる本

ジャズの秘境 今まで誰も言わなかったジャズCDの聴き方がわかる本

  • 作者:嶋護
  • 発売日: 2020/01/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

面白いジャズの本を読んだ。ジャズを聴く愉しみを再確認させる本だ。

著者とは必ずしも音楽の好みが近い訳ではないのだけど、奏者、プロデューサー、経営者、録音技師、興業者、家族などのさまざまな人間模様、聴き手、スタジオ、機材、技術水準、時代の空気などの状況がスパイラル状に織り込まれ、録音芸術たる一枚のCD(この本はCDの本なのだ)に一滴の滴としてもたらされる様、が生々しく描かれる。そこに圧倒される。

そして、淡々としたクロニカルの部分が美味しく、そのアルバムを聴きたくなる気持ちを醸し出す、そこが美味しい。我々が録音物で、それを味わうのだから、料理人だけでなく、素材や什器、店の雰囲気そのものまで構成要素であることと等価なのだ。

ボクはレコードが主、ディジタル音源が従の蒐集なのだけど、記述の大半は十分読ませる。CDによる音の違いの記述も面白く、同じ著者によるレコードに関する本があればなあ、と思わずには居られなかった。

レコードの味が、媒体のダイナミックレンジ不足に伴う、ダイナミックレンジの圧縮、周波数制限、過度の残響付加によってもたらされたもので、それらがマスターテープだけでなくカッティングの段階でも付加されている記述も興味深く、オリジナル盤の意味も(本書の意図ではないが)、知らしめる部分もあって面白かった。またレコードの高い「音圧」を必ずしも是としていない、著者の考えも面白かった。

さらに初期のCDが、これらの「潤色」を配し、高ダイナミックレンジである特色を生かした自然な音造りを指向していたこと、故に聴感上の「音圧」不足を印象付けたことも面白い話。こではDENONのPCM録音でも感じること。だけど著者なそれなりの装置で音量を上げれば、豊かな音を楽しめることを示唆していて、推奨CDは「不満」が多い初期のCDが多いのだ。

冒頭、エヴァンスの話が続くのだけど、これまた読ませる。アンダーカレントでの録音話と、キーストンコーナーでの録音であるコンセクレイションを巡る話。あの評判も悪い初期のCDも音量を上げると、ということ。またキーストンコーナーでの録音も、初期のアルファ盤のCDが良いと。それらも同じ理由。

後年のCDはLPの音圧に近づけるためのリマスタリングでの「潤色」が気になるようだ。そのような感性は、録音技師やレーベルに対する著者の嗜好から読み取れる。「潤色」の塊であるヴァン・ゲルダーのアルバムは(時代の音として)否定的ではないが、好意的には取り上げられていない。そのヴァン・ゲルダーとのインタビューが面白ろ過ぎる。ディジタルで「潤色」の必要がなくなったことを歓迎しているのだ。そのような丁寧な文脈で避けて通れないヴァン・ゲルダーを扱っている。

マイナー・レーベルでの(経営的側面からくる)録音環境の悪さ、素晴らしいコロンビアの録音環境への言及もコロンビア盤の素晴らしさを思い起こさせ、とても納得のいくものだった。

最後は菅野沖彦へのオマージュ。この部分は、録音芸術としての音楽アルバムを菅野沖彦や彼の叔父との話で簡潔に描いている。で、読後、オーディオ・ラボのレコードを聴いてみたが、ああ著者が評価する音はコレなんだな、とまた納得。潤色を感じさせない、アコウスティックな楽器と残響の姿があった。

追記1:ECMも扱っていたら面白かっただろうな、と思う。まさに現代のブルーノートの構図、ではなかろうか。ボクには潤色過多、の近年の録音には少々辟易していることが多い。

追記2:最近はあまり音響のことを気にしていなかった。気になって、装置前のテーブル(聴きながらの仕事や呑み喰いには便利なんだ)を片付け、スピーカーとの間をすっきりさせたら、美しい音像が蘇った。暫く音に浸ってしまった。

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途中から、レコードを聴きながら読んでいた。本書で取り上げられたアルバム。CDではないが、とてもアコウスティックな響き。要はRVGと正反対なんだよな。

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菅野沖彦の記述を読んだ後に、菅野邦彦のオーディオ・ラボのレコードを聴く。潤色を感じさせない美しい音響空間。