K’s Jazz Days

K’s Jazz Days

ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

バンコク・スクムヴィット:雨が降る夜に


 日本に帰ってきて何時間経ったのか。突然覚めた夢のように、あちらのことが真なのか、それともこちらが、と戸惑うような時間のなか。死と生の時間の書き割りは、あちらのほうが真に近いのでないか、そんな感覚が自然に湧いてくる。だから必ずあちらへ「戻るような」予感に満ちて滞在はいつも終わる。

 最後の夜、仕事仲間との食事の頃から雨が降っていた。雨期なのにはじめての雨。湿度や気温が急降下し、屋外がとても気持ち良い。食事の後は凝りをほぐしてもらい、気がつくと日付が変わる頃。最後はヒラリー・バーで他愛のない話しをしながら、最後の夜の余韻を味わっていた。

 翌朝はホテルを5時に出て、昼行便での帰国。夜半を随分過ぎた頃、残る友人に別れを告げて戻る。雨は降っているのだけど、気持ちのよい大気。この季節が存外に良いことを知った。精一杯派手な店の照明が路面を照らしていて、足元は昼間よりテラテラ輝いていた。トゥク・トゥクが2ストロークの轟音を立てながら行き交う。ツーリストの嬌声が聞こえる。

 ソイの横辻を曲がると、ボクのホテルの入口がある。照明を暗く落としているドイツ・ビールのバーとワイン・バーの間。エア・スポットのように薄暗い。通りかかると、暗闇から若い女の声がした。辻の植木のところに腰掛けた女が客を引いていた。このソイ沿いにも随分と客を引く女は立っているのだけど、随分と雰囲気が違っていて、青いロングスカート。身なりがその手、と全く違う。違和感を感じて顔をみたら、俯きながら軽く微笑んだ。そして再び声を出した。その仕草も随分と違っていた。普通の娘のように思えてならなかった。違和感を感じたまま、自室に戻って寝た。勿論、独りで。

 翌朝5時にホテルを出ると、まだ同じ場所にその女は座っていた。驚いてみると、やはり俯きながら軽く微笑んだ。急に哀れさを感じてならなかった。バンコクの通りには、沢山のヒト(多くは女、図太い声の女もいる)が立っているのだけど、そんなことを思ったのは初めてだった。まあ、そんなことは、ありふれた光景で気に留めるようなことじゃないのかもしれないが。雨の夜に相応しい心象を残したのも確かなのだ。