K’s Jazz Days

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ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

(ECM2447) Tigran Hamasyan, Yerevan State Chamber Choir: Luys I Luso (2014) 東方教会のこと

 音楽的な話の前に、このアルバムで歌われるアルメニアの宗教曲の背景となる中東のキリスト教について。キリスト教パレスチナの地に生まれ、その後欧州で広く受容された訳だけど、イスラム教に席巻される前の中東地域にも広く流布しており、その名残は今も残っている。そのような古いキリスト教が歴史で顔を出すことがあって、興味は尽きない。唐の時代、長安景教と呼ばれるネストリウス派キリスト教の寺院があったのは有名な話で、遣唐使の日本人もそのような時代にキリスト教と交差したことは間違いない。そのネストリウス派キリスト教は砂塵のなかに消えた、と思っていたのだけど、wikiによるとアッシリア正教会はその流れを汲んでいるそうで、イラクに未だ信者がいる。かつてのイラクフセイン政権時代の外務大臣・アジズがキリスト教徒であったのは有名であるが、この流派、アッシリア人であったのだ(もっとも古代アッシリア人とのつながりは不明らしいが)。それがネストリウス派であった、とは面白い。下のwikiの系統図からするとネストリウス派の分岐は最も初期で、アルメニア教会、コプト教会古代エジプト人の末裔といわれるエジプトのキリスト教)、エチオピア教会、シリア教会などの非カルケドン派はその後の分岐。未だにイスラム教の大海のなかの孤島のように残る東方教会はエキゾティシズムを喚起して止まないのである。ユダヤ教キリスト教イスラム教の何れもセム族の宗教であり、同じ聖典の民ならば、2000年以上も共存していてもおかしくはないのだけど。

 アルメニア旧ソ連の一角、南コーカサスの印象があるが、西アナトリア(トルコ)からペルシャにまで広がる地域が元来の故地。第一次大戦の混乱のなかで100万人単位の虐殺がオスマン・トルコ内であり、トルコ領内のアルメニア人の多くは海外に逃れた、という。

 中東の一角にそのような宗教や歴史をもつ国がある、ということが興味深い。そのような民族の音楽、ハチャトリアンくらいしか知らない、に興味がある。

 このアルバムを聴いて頭を掠めたのは2枚にのアルバム。一つはキース・ジャレットが弾くアルメニアの現代作曲家George Gurdjieffの曲集、Sacred Hymns。このハマスヤンのアルバムの曲とつながるような、訥々とした時間の流れ。もう一つはヤン・ガルバレクヒリヤード・アンサンブルのOfficium。グレゴリオ聖歌とも通底する宗教曲の響き。アルメニアの音の響きがグレゴリオ聖歌とも通じるのか、そもそも双方とも同根なのか、宗教的な流れとともに音の歴史に思いを馳せるものがある。

 これは美しいピアノの音色を愉しむアルバム、であると思う。彼のピアノの響きは美しく宗教曲とよく調和している。とても美しく、祈りに満ちていると思う。それでいて、ジャズ的な音の広がり、柔らかさも失っておらず、むしろ宗教曲という音の始原的な営みとこのようなアプローチが良く整合するのだと思う。ある種の感情、感情を支える意識の基底から沸き上がる音、という意味で。George Gurdjieffの曲を弾くキースにも同じことを感じた。

youtu.be

 ただ残念なのはyoutubeで見ることができる演奏会と比べると、ピアノの音が合唱に埋もれていること。ピアノに焦点をより強く合わせた録音であって欲しいと思った。それに録音がやや悪く、膜を被ったような気がする。エレヴァンでの録音だからか?それが残念な一枚、となった。ライブ盤でも発売して欲しいなあ。 

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[ECM2447] Tigran Hamasyan, Yerevan State Chamber Choir: Luys I Luso (2014)
1. Ov Zarmanali (Grigor G Pahlavuni) 1:26
2. Ankanim Araji Qo (Mesrop Mashtots) 5:09
3. Ov Zarmanali (Grigor G Pahlavuni) 13:10
4. Hayrapetakan Maghterg (Komitas) 3:51
5. Bazum En Qo Gtutyunqd (Mesrop Mashtots) 6:42
6. Nor Tsaghik (Nerses Shnorhali) 7:38
7. Hayrapetakan Maghterg (Komitas) 1:45
8. Hayrapetakan Maghterg (Komitas) 4:25
9. Havoun Havoun (Grigor Narekatsi) 4:34
10. Voghormea Indz Astvats (Mesrop Mashtots) 9:33
11. Sirt Im Sasani (Mkhitar Ayrivanetsi) 3:46
12. Surb Astvats[Based On 7th Century Melodies] 5:45
13. Sirt Im Sasani (2) (Mkhitar Ayrivanetsi) 4:04
14. Orhnyal E Astvats[Based On 7th Century Melodies] 4:10
Tigran Hamasyan(p, arrange),
Yerevan State Chamber Choir: Harutyun Topikyan(cond), Jenni Nazaryan, Anahit Nazaretyan, Karine Sahakyan, Kristina Voskanyan, Maqruhi Khachaturyan, Tamara Mosinyan(soprano vo), Anahit Tashchyan, Lilit Yedigaryan, Lusine Vardanyan, Ruzanna Grigoryan, Ruzanna Khandoyan (Alto Vo), Aren Avetya, Vahagn Vardazaryan, Ruben Karaseferyan, Sargis Sargisyan, Serzh Hakobyan, Vrezh Fishyan(tenor vo), Seiran Avagyan, Areg Ghahramanyan, Arno Zargaryan, Garegin Hayrapetyan, Vahagn Babloyan, William Vainer (bass vo)
Design: Sascha Kleis
Engineer [Assistant Engineer] : Armen Paremuzyan
Engineer [Tonmeister]: Markus Heiland
Mixing: Manfred Eicher, Markus Heiland, Tigran Hamasyan
Photograph: Vahan Stepanyan, Elena Petrosyan
Producer: Manfred Eicher
Recorded October 2014
at Argo Recording Studio, Yerevan
Mixed March 2015 at RSI Studio Lugano