K’s Jazz Days

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ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

(ECM2799) Fred Hersch: Silent, Listening (2023) プリペアド・ピアノ的な打音から柔らかい弱音までの様々な美しい打鍵を聴かせるアルバム

(ECM2799) Fred Hersch: Silent, Listening (2023)
A1. Star-Crossed Lovers (Billy Strayhorn, Duke Ellington) 3:57
A2. Night Tide Light (Fred Hersch) 3:27
A3. Akrasia (Fred Hersch) 4:15
A4. Silent, Listening (Fred Hersch) 3:50
A5. Starlight (Fred Hersch) 4:54
A6. Aeon (Fred Hersch) 3:14
B1. Little Song (Fred Hersch) 4:53
B2. The Wind (Russ Freeman) 7:01
B3. Volon (Fred Hersch) 3:18
B4. Softly, As In A Morning Sunrise (Oscar Hammerstein II, Sigmund Romberg) 5:07
B5. Winter Of My Discontent (Alec Wilder, Ben Berenberg*) 6:41
Fred Hersch(p)
Design: Sascha Kleis
Engineer: Stefano Amerio
Producer: Manfred Eicher
Recorded on May 2023 at Auditorio Stelio Molo RSI, Lugano
Released: Apr 19, 2024

https://ecmrecords.com/product/silent-listening-fred-hersch/

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久々にストレスを感じない、ECMのアルバムが出た。いや、率直に素晴らしい、と書かねば。フレッド・ハーシュとECM、については、エンリコ・ラヴァとの前作の録音、残響過多のアレ、が全く受け付けずガッカリしたのだけど、今回は大丈夫でホッとした。ECMのレコード盤コンプリート維持(コンピレーション除く)、のために書い続けているが、止めようかな、とまで思っていたのだ。失望率が高かったので。

今回のアルバムでも残響付加はあからさまなのだけど、十分な許容範囲、というかホールの自然な反響の範囲、に聴こえる。キース・ジャレットのケルンも随分とあざとい残響だと(今にして)思うが、十分、限度内であった、いや、ホールの残響と思わせたからこそ、ECMに「自然な音」、「沈黙の次に云々」の幻想を抱かせることに成功したのだと思う。それも硬質の演奏との相乗効果、であったとも思う。フリージャズ、現代音楽的、民族音楽的、あるいはアヴァンなロック的な演奏とECMの音場の組み合わせは抜群だった。だけど、近年のアルバムは、演奏の緩いもの、残響過多が交差して何ともなあ、だったのだ。

今回のハーシュの演奏は、プリペアド・ピアノ的な打音から柔らかい弱音までの、様々な美しい打鍵を聴かせるアルバム。乾いたプリペアド・ピアノ的な打音と、(かつてのような)程よい残響が見事に整合している。また時としてクラシックの奏者が聴かせるラヴェル曲の弱音の魔力、のようなものまで思い出させる瞬間、の気持ちよさ、は素晴らしい。この音場に、ハーシュの自作曲からスタンダードの名曲までが、無理なく包摂されるハーシュのピアノが見事に調和している。そしてECMの急速冷凍のような冷たい音造りのなかにあって、彼の微温の世界が見事に表現されている。嬉しい。

ハーシュのピアノ奏者としての打音の魅力を、ここまで広範に聴かせるアルバムははじめてではなかろうか。曲によっては、残響で音の輪郭が滲んでいるように感じるが、まあいいかな。