明るい月夜だったのに、夜半過ぎから雷が鳴りだした。暗い部屋でレコードをターンテーブルに載せたまま眠ってしまった。カツっというかすれたような衝突音の繰り返しで眼が覚めた。レコードのレーベルの端をなぞり続けていた。とても寒かった。レコード針を持ち上げて、CDをかけ直す。
こんな夜中に聴いてみたくなるオトはビリー・ホリディか浅川マキ。部屋の隅で、膝を抱えるような気分で聴く事ができる。結局のところ、ボクにはうかがいい知れぬ「ある種の哀しみ」のようなものを疑似体験するのだろうな。独りで聴く事、にそっと寄り添ってくれるようなオト。
それから数日、嵐のような日々が続いた。低く垂れ込めた灰色の雲、雷鳴、窓を叩く雨、風。そんな日々、何回も何回も同じアルバムを聴き続けた。決して寂しさをともにするような音楽ではない、と思った。上手く云えないのだけど、暖かい眼差しのようなものを感じる音楽じゃなかろうか。
このアルバムは随分と実験作とか問題作と呼ばれるようなアルバムが多い1980年代のものだけど、ボクが好きな1970年代のアルバムの空気。渋谷毅とのデュオが親密な空気を作っている。そんな空気のなかに自分も座っていることに気がつく。ここ数日、日本のジャズピアノ奏者を随分聴いているのだけど、彼らに共通する美味しい味は何だろうか。聴いていると、確かに日本のジャズだよなあ、と思う。通底する味わいは童謡であり、歌謡であるような気がしてきた。二人で醸し出す、何か懐かしい空気を味わうにつれ、確信めいたものを思った。晩秋から初冬にかけての最終時限のあと、薄暗くなった音楽室から流れるピアノのような味わい、と云おうか。それにしても、浅川マキのみならず、渋谷毅に深く聴き惚れる一枚。
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浅川マキ:ちょっと長い関係のブルース(1985,東芝EMI)
1. また聞えて来るワルツ
2. Dark Change (暗転)
3. ちょっと長い関係のブルース
4. 秋意
5. 夜
6. マイ・マン
7. セント・ジェームス病院
8. このごろ
9. 炎の向こうに
10. さかみち