週末には雪が降った。前夜はキーンと冷えた夜で、職場から自宅まで1時間余り、音せぬ煌めく星のもとを歩いた。そんなときは、遠くから鉄橋を渡る貨物列車の轟音が微かに聴こえる筈なのだけど、耳が弱っているのか、気配しか感じなかった。
寝たのか、起きていたのか、判然としない朝を迎えた。夢はいつものように見なかった。断片のような夜の記憶が残っているだけ。気がつくと目の前が真っ白だった。湿っぽい、暖かな雪が斜め上から降り注いでいた。
再び仕事場へ歩いて出かけたのだけど、途中、小さな川を渡ると、橋の上から川面が勢いづいていることが分かった。湯気のようなものが沸いていた。橋の上でぼんやりしていたら、大きなダッフルコートは真っ白になっていた。
どこか瑞々しいような風が流れた。いつも春は沸き上がる川面から現れる、と思う。そんなことを感じたのは、相模湾に注ぐ境川の河口手前あたりだったか。あのときも、匂いたっていた、水の薫り。
春が一歩近づいた、と思った朝。そんな何でもないときに、それを知る。窓からゆっくり落ちる水滴とか。 とてもとても忙しいのだけど、気がついたら幕が落ちるように、冬が終わろうとしている。
そんな気分になったら、途端に思い出したのはアルゼンチン方面のオト。温帯のラテン音楽。そこには熱ではなくて、水があって、涼しい風が吹いている。Tatiana Parra の唄声にはどこか肉体を失った軽さ、水流のような爽やかさがある。Andre's Beeuwsaert のピアノにも、およそ力というものを感じさせない不思議さがある。さっきまで眺めていた光景を想いながら仕事場でこんな音を流していたら、いつはじまって、おわったのか判然としないうちに、時間だけが流れていた。
そんなアルバムだけど、ボクは12曲めがいいな。ボルヘスの詞にアンザールの曲。その前の11曲めはアギューレの曲でいいアクセント。
PS. 最近ね、Grooveする音ばかり聴いていたら、季節の変化を感じた瞬間にふっと聴きたくなったんだよね。
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Tatiana Parra & Andre's Beeuwsaert: Aqui(2011)
1.Sonora
2.Brincando com Theo
3.Ventania
4.Luzes da Ribalta
5.Estrela da Terra
6.Vento Bom
7.Jardim
8.Salida
9.Carinhoso
10.Cueca de Agua
11.Milonga Gris
12.Tankas
13.Corrida de Jangada
Tatiana Parra (vo), Andre's Beeuwsaert (p)
Guest: Lea Freire (fl), Heloisa Meirelles (clo), Conrado Goys (g)