K’s Jazz Days

K’s Jazz Days

ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

御茶ノ水・聖橋:何処と何処を繋いでいるのか


 御茶の水にはじめて行ったのは30年前の夏。ジャズを聴きはじめて1年も経つと、Free Jazzにはまってしまい、京都のレコード屋では手に入らないものが随分とあったから。雑誌でみるディスク・ユニオンに出かけて、デヴィッド・マレイとか、シャノン・ジャクソンとか、ブラッド・ウルマーとか、話題のレコードを手に入れてニコニコだった。その生活パターンがその後30年も続いていると思うと少し恐ろしい。

 その頃は御茶の水駅の北口から駿河台下までが回遊ルート。いったい何回泳いだのだろうか。そのときには神田川を渡ったこともなかった。

 金澤に移ってから、東京へ仕事で出る時は御茶の水あたりに宿泊することにしている。酔っぱらっても、方向を失うこともないし、雑踏もないので人酔いもない。都会嫌いのボクにとってのheaven。

 最近は御茶の水駅の南のほうに宿泊することが多い。神田のあたりとか、小川町との境とか。なんとなくだけど。そして、神田川のうえに架かる聖橋を行ったり来たり。聖橋のうえから見える新宿方面の光景がとても好きだ。なんとなく、至る所に古い日本の影が差している御茶の水のあたりから、現代を超えたような新宿副都心の光景が浮かび上がるから。遠くから眺めていると、とても非現実的でいい。つい数年前まで、あそこで技術打ち合わせを随分とやったなあ、なんてね。

 聖橋は二つの聖堂(湯島聖堂ニコライ堂)をつなぐから、だそうだ。昭和初期の美しいモニュメント。だけど、川という、この世を分断し、この世に属さない境界地帯を作り出す力がある場所に「ひじり」という橋が架かる。その不思議な語感に惹かれてしまう。遊行僧が浮遊していた時代のとらえどころのないアナーキな時空。そんなことを思い出しながら、この橋がいったい何処と何処を繋いでいるのか。夕暮れ時にそんな事をぼんやりと考えて、橋の上で時間を過ごすのも悪くない。