K’s Jazz Days

K’s Jazz Days

ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

(ECM2450) Keith Jarrett: Creation (2014) 5月3日のまぼろし

 昨年の5月3日、ボクは大阪にいた。そして、まぼろしとなってしまった音、をいつまでも追いかけていた。

 このアルバムは昨年行われたキース・ジャレットのソロコンサートの記録。その会場のひとつである大阪フェスティバルホールで、心ない客のため、何回か再開された演奏がとうとう終わってしまった。コンサートとしてはあり得ないタイミングや音量の雑音が観客から発せられ、聴いているほうも世界が破られる瞬間を悪夢のように感じた。その前年のトリオの演奏でも、早すぎる拍手で楽しめなかった。もう大阪では大切なコンサートを聴けない、と思った。

 それでも一音一音に集中し、空間を包みこむように弾く姿を見ることができて良かった、とも思っている。虚空に手を伸ばし、そして一音一音を見えない糸で紡ぐような作業、その集中のなかでの緊張感はしっかり感じることができた、故に、あの事故のようなことが起こってしまった、と分かる。無神経な観客との時間・空間の共有は無理なのだ。

 大阪ではまぼろしとなってしまった演奏、を、東京やトロント、ローマでの演奏から偲ぶしかないのだけど、確かにこれらの地での演奏の「破片」を聴いたのだと思う、大阪で。

 このアルバムでは、人生の終盤にさしかかり、彼は穏やかな静謐のなかにある。演奏の良さ、ではなく音が内包する優しさ、に惹かれた。音数も少ない。難解な印象も全くない。近年の、宗教曲のような現代音楽、と同じように救済の音楽である、といっても過言ではない。生きていて、そして音を出すことが出来る喜びや感謝、そのようなものが静かに表明されていく。かつてのように天上の高みを目指すような高踏的な意識は影を潜め、むしろ地に座り感ずる全てのものに慈愛を感じるような、アニミズムのような音楽のように思えた。

 最初の数曲は少ない音が不安定な印象を与えるのだけど、異なる日時・場所の録音であることが偽りであるように、静かに熱気を帯びていく。6曲目でその静かな熱気が高みに達し、意志そのものに貫かれた、柔らかな強さに心奪われるような気持ちになった。そして静かに音が昇華し、姿を消していく。そんな小さな物語を見るようなアルバム。

 これよりも素晴らしいピアノを聴くことができるキースのアルバムは沢山ある。しかし抱きしめたくなるような美しい小品で固められた本作、ほど心奪われる作品もないのでは、と思った。

-----------------------------------------------------------------------------------

[ECM2450] Keith Jarrett: Creation (2014)
1. Part I (Toronto, Roy Thomson Hall, June 25, 2014)
2. Part II (Tokyo, Kioi Hall, May 9, 2014)
3. Part III (Paris, Salle Pleyei, July 4, 2014)
4. Part IV (Rome, Auditorium Parco della Musica, July 11, 2014)
5. Part V (Tokyo, Kioi Hall, May 9, 2014)
6. Part VI (Tokyo, Orchard Hall, May 6, 2014)
7. Part VII (Rome, Auditorium Parco della Musica, July 11, 2014)
8. Part VIII (Rome, Auditorium Parco della Musica, July 11, 2014)
9. Part IX (Tokyo, Orchard Hall, April 30, 2014)
Keith Jarett(p)
Design: Sascha Kleis
Painting [Cover Painting] : Eberhard Ross
Engineer :Martin Pearson, Ryu Kawashima
Executive Producer: Manfred Eicher
Master: Christoph Stickel, Manfred Eicher
Mix: Jan Erik Kongshaug, Manfred Eicher