K’s Jazz Days

K’s Jazz Days

ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

コトバでジャズを聴き、オトでジャズを読む2 −村上春樹の世界−(ジャズ会#25)


 昨秋に行った村上春樹和田誠共著「Portrait in Jazz」を聴くプログラムに続き、「Portrait in Jazz 2」を聴く会。たまたまだけど、あの長い表題の本が話題を呼んでいるなか。
 村上春樹の新作が社会現象とも云えるような奇妙な喧噪のなかにある。彼の作風からすると、とても違和感がある。決して皆が読むような本じゃない、からではない。社会とか、繋がり、のようなものから一歩(どころか何歩も)退いたところから、まるで成層圏で息をするような希薄な場のなかのヒトタチが描かれる。だから、社会のなかで話題になる、ということに奇妙なパラドックスがある、という感じ。
 学生の頃、ボクには社会不適合じゃないか、という恐れのような感覚があった。全く社交的でなくて、人付き合いが苦痛。友人もごく少数。だから、初期の小説のあの空気、にとても強く惹かれた。小説を読んでいる間、ボク自身をそのなかに置いてみたい空間が至近にやってくるから。喪失を様々な形で書き続けていたと思う。読者として、実は得ていなかったものを、あたかも喪失したような疑似体験する、そんなことを繰り返していた。だから、回復とか、再生のような方向に向かいつつある近年の小説を、楽しみつつも、どう捉えていいのか、という感覚がある。
 まあ小説以外の世界では、実はこんなにイイヒトなんだよ、って感じのエセー戦略(案外好きなのだけど)。いつも彼が描きたい村上春樹像を読みながら、ホントの村上春樹ってどうなの、と考えながら読んでいる。音楽の話ってね、多分、完璧にはコントロールできないから、なんとなく「ふらつき」が面白い。ところどころ、ホントの村上春樹が顔を出していると思えるから。
 ちなみに「村上春樹が描きたい村上春樹の音楽趣味」は、こんな感じ。
・年齢の割には一世代前のAmerican Entertainmentとしてのジャズに惹かれている。唄モノへの関心もその流れ。
 これは昭和ヒトケタの人達が進駐軍の時代に知ったジャズ像に近い。
・あと1960年頃のハードバップ、モード期のジャズは若干の同時代感があり、親しんでいる。
・ジャズ喫茶オヤジだったし、かなりのコレクションを持っているけど、決して高価なオリジナル盤を持っていると下品なことは云わない。あくまで上品な音楽好き。

A. Prologue:復習:Portrait in Jazzをもう一度
0.  Miles Davis: Four & More (1964, Columbia)


村上春樹の選盤は概してAmerican Entertainmentとしての趣味の良いものが多い。だから彼よりも上の世代、ほとんど昭和ヒトケタの人々のような趣味のように思える。高校生時分からジャズに親しんだこともあろうし、また意図的に露出させている部分もあるのだろうと思う。ボクの趣味とは交差しない。合わないのでなくて、交差しないのだ。だから、マイルスに限って云えば、この最も攻撃的なアルバムの一つ、ボクが好きな1枚をを取り上げたことに驚いている。前回のジャズ会でも取り上げたけど、改めてもう一回。実はオリジナル盤を入手したので聴いてもらいたい、と思ったから。あるサイトに書いてあって全く納得したのだけど、オリジナルはオリジナルであることに価値があるのではなくて、オーディオケーブル(場合によってはセット)を取り替えるくらい音への効果があるから、オーディオを触るように手にしてみたらどうか、ということ。確かにそうなのだ。まずは聴いて欲しい。
Miles Davis(tp), George Coleman(ts), Herbie Hancock(p), Ron Carter(b), Tony Williams(ds)

 Miles Davis: My Funny Valentine (1964, Columbia)


ついでに同じ日のコンサート。動の Four & More に対して静を集めたもの。これもオリジナル盤を入手した。コンサートホールの空気がより伝わる。(memberは同じ)
 それにして何故、彼が「マイルズ」と表記したのか、そんなことも気になる。
 
B. Portrait in Jazz 2  
1. Sonny Rollins:  The Bridge (1962,RCA)


このアルバムはアルバムの内容よりも、そのアルバムが抱える物語が有名。音楽に行き詰まったRollinsがブルックリン(だったか)の橋の上で練習したという話。ボクはイトコの家で読んだ「レコパル(FM放送情報誌、懐かしい)」の漫画に書いてあった。だけど、その話ほど、このアルバムの音は語られない。だから、彼が取り上げたのには驚いた。実はこのレコードは持っていなかった。亡父の持ち物。今回、はじめて聴いてみて、その良さを知った。彼の書く印象(内省的)とは違って、ギターが刻むリフの軽やかさ。この軽やかな感じ、がとてもいい。ジム・ホールの音の趣味の良さに惹かれてしまった。ロリンズが本来持っている「軽やかさ」に少し羽根を足したような感じなのだ。
Sonny Rollins(ts), Jim Hall(g), Bob Cranshaw(b), Ben Riley or Harry "H.T." Saunders(ds)

2. Horace Silver: Song for My Father (1965, Blue Note)


Horace Silverって、ちょっと歌舞いたような派手な感じがあって、ボクはあまり聴かなかった。脇にまわったときにファンキーなピアノはとても好きだけど。だから村上春樹本への登板は違和感があった。聴いてみても、まだ違和感は残っている。コテコテ感が満点。だけど、この満腹感がSilverの持ち味なのだろうけど。時代とともに少しずつ風化していくような古さ、も感じる。Rollinsとの挌の違いを確かに感じる。もっとも1965年って彼が高校生の頃だったから、まさに同時代の音として聴いたジャズなんだね。そんな理解。ちなみに彼の父親ポルトガル系と書いてあるが、カーボベルデとい大西洋のアフリカ沖合の旧ポルトガル領の島国出身。だからポルトガル人と黒人のクレオールみたいな血筋。なんとなく黒人のまとわりつく黒さ、じゃなくてラテン風な味わいもあるのは、そんな由来から、かもしれない。ボクはレコード屋に連れて行かれたガール・フレンドがそのときどう思ったか、そっちが気になった文章。
Horace Silver (p),  Carmell Jones(tp), Joe Henderson(ts), Teddy Smith(b), Roger Humphries(ds)

3. Modern Jazz Quartet: Concorde (1955, Prestige)


まさに書いてある通り。というか、レコード解説のようで面白くないのだけど。ブルースの獣のようなMilt Jacksonを手なずけるJohn Lewis、バッハを弾くと似合いそうな(事実弾いた)、というコンテクストを演じ続けたグループ。職人技のようなジャズに隙はない。
 Milt Jackson(vib), John Lewis(p), Percy Heath(b),  Connie Kay(ds)
 
ところで、このMJQの裏アルバムのようなものがある。
Milt Jackson Quartet(1955, Prestige)


Milt Jackson(vib), Hrace Silver(p), Percy Heath(b),  Connie Kay(ds)
つまりピアノをSilverに変えただけのアルバム。Silverが驚くほど抑制的で、サポートに徹しているのが面白い。でもグルーヴ感が強くなっていることが分かると思う。

4. Wes Montgomery: Full House (1965, Riverside)


ボクはテナー・サックスが入ったギター奏者のアルバムはどうにも合わない。ギターが入ったテナー奏者のアルバムは全く大丈夫なのだけど。ギターの間合いの魅力をテナーで埋めるような感触。弦の間にコールタールを流したようなイメエジ。何でだろう。最近ではPat MethenyやPat Martinoのアルバムでそんな風に思った。彼の記述では正反対だから面白い。気に入りのギター奏者がテナーを入れるので泣いているのだ。
Wes Montgomery (g), Johnny Griffin(ts), Wynton Kelly(p), Paul Chambers(b), Jimmy Cobb(ds)

じゃあ何がいいの、って云うと、その名もずばり、 
 Wes Montgomery: Incredibl Jazz Guitar(1960, Riverside)


 ピアノ・トリオの上で弾きまくる、それに尽きる。黒人ギターのブルージーな味わい、白人ギターの洒脱なリラックス、そのいずれでもない突き進むギターの魅力に溢れている。随分早く突き進んでしまったから、あの世にも早く行ってしまったけど。
Wes Montgomery(g), Tommy Flanagan(p), Percy Heath(b), Albert Heath(ds)

 6. Clifford Brown: Study in Brown(1955, EmArcy)


 これは彼と同じ意見。本当に凄い奏者だと思うが、いつも何を感じたらいいのか戸惑いがある。このレコードを聴くと、そう思ってしまう。Wynton Marsalisを聴くとそう。印象が薄い。だけどね、彼らは本当に巧い。それに尽きる。ボストンでのオリジナル盤入手の話は羨ましいと思った。オリジナル盤至上主義じゃないかもしれないけど、嬉しい感じはよく分かる。ボクもマンハッタンで$3.99でレコードを随分買ったけど、これは日本の980円のようなことなのか。そこがとても気になる文章。
 Clifford Brown(tp), Max Roach(ds), Harold Land(ts), Richie Powell(p), George Morrow(b)
 
 7. Ray Brown: The Poll Winners (1958, Comtemporary)


これはジャズ喫茶のオヤジが語るまじめなベース論。ボク達はLaFaro以降、GomezやVitous以降の時代を生きているので、ふっと忘れている大切なことを教えてくれている。ボクは同じことをRed Mitchellを聴いているとき、いつも感じる。それにしても、いいアルバムを選ぶなあ。西海岸のComtemporaryは、その録音の明るさも相まって、本当に気持ちの良いレコードが多い。このThe Poll Winnersって、Down-beat誌の人気投票(だったかな)のトップ奏者でつくったバンド。西海岸の匂いがぷんぷん。いい匂いだよ。
Barney Kessel(g),  Shelly Manne(ds), Ray Brown(b)
 
 8. Shelly Manne: My Fair Lady (1956, Comtemporary)


  日本のジャズ・ジャーナリズムのある時代はスイング・ジャーナルの廃刊(休刊というのは、終戦と同じようなレトリックで好ましくない)とともにピリオドが打たれた(と思う)。彼の立ち位置は明らかにそのようなジャーナリズムと大きく距離をとっている、ということを主張している。彼をそのような、やや感情的な文章を書かせるほど、ある種の偏向があった、と思う。だけど、そのステレオタイプな在り方がつまらなくて、早々にボクも読むのを止めたのだけど。本当は彼が云う、West Coastの奏者が少し熱くなるライヴを聴いてみたかったのだけど、持っていない。My Fair Ladyも楽しいアルバムで録音もいい。オリジナルが安価であれば欲しいなあ、と思う一枚。ピアノはその後の大指揮者André Previn。
 Shelly Manne(ds), André Previn(p), Leroy Vinnegar(b)
 
9. Django Reinhardt: Djangology(1949)


前回、今回ともにモダン・ジャズに絞って取り上げていく考え方でアルバムを選んだ。これはその基準外。モダン・ジャズよりも一つ古いスタイル。だけど、まあ中休みということで。ほっ、とさせる何かがある。1930年代にはジャズの辺境であったフランスで、さらに辺境的な存在であるロマのDjangoが何故そのような存在となったのか、不思議なことだ。聴いていると、ジャズのフォーマットに、彼らの音楽を乗せ込んだだけじゃないか、と思うのだ。現在のECMの在り方に似てるように思える。
Django Reinhardt (g), Stephane Grappelli (vln), Gianni Safred (p),  Carlo Pecori (b), Aurelio De Carolis (ds)

10. Oscar Peterson
Jazz at the Santa Monica Civic(1972, Pablo)


Oscar Petersonのピアノの迫力、技巧は凄まじいものがあって、聴くと疲れるのも事実。そのような芸は芸として意味がある。だけど、そんなに頻度高く聴こうとは思わない。だから彼ほど好意的に書けない。もちろん、その素晴らしさは全く否定できないのだけど。いや、素晴らしい。だからこそ、彼も初期のギターとのピアノ・トリオを書いたような気がする。またJATPでは脇だよね。残念ながらClefのJATP No.16は手に入らなかったから、再結成したJATPノーマン・グランツの復帰企画から。
solo order: Stan Getz(ts), Al Grey(tb), Harry Edison(tp), Eddie 'Lockjaw' Davis(ts), Roy Eldridge(tp), Oscar Peterson(p)
+Rythm secton: Oscar Peterson(p), Freddie Green(g), Ray Brown(b), Ed Thigpen(ds)

11. Lee Morgan: The Sidewinder(1964, Blue Note)


今回、彼の文章を読んでいて頷くことが多いような気がする。Lee Morganについてもそう。深みがない。だけどShelly Manneに与えたような座席をLee Morganに与えていない。多分、西海岸のジャズの気持ちを温かくするような部分がない、からだろうね。でも前回のジャズ会で取り上げて、書いたけど、ちょっと軽いポップな感覚で気持ちのいい一枚。多分、トランペットの突き抜ける速度のようなもので聴かせているからだろうね。
Lee Morgan(tp), Joe Henderson(ts),Barry Harris (p), Bob Cranshaw(b), Billy Higgins(ds)

12. Bobby Timons
ボクがあまり聴かない辺り。だからあまり書くことがないなあ。
Art Blakey: A Night in Tunisia(1960, Blue Note)


Art Blakey(ds), Lee Morgan(tp), Wayne Shorter(ts), Bobby Timmons(p), Jymie Merritt(b)

13. Herbie Hancock: Maiden Voyage(1965, Blue Note)


彼が書くように, HancockのBlue Note時代の演奏は瑞々しい。本当に豊かな水脈が湧き上がるような、そんな流れが見える。頂点がMaiden VoyageでありSpeak like a childだと思う(今回の東京出張でLiberty盤のMaiden VoyageとSpeak like a childBlue Noteを仕入れた。若干、オリジナルに近い音じゃないかなあ)。
Herbie Hancock(p), Freddie Hubbard(tp), George Coleman(ts), Ron Carter(b) , Tony Williams(ds)

だけど、その後の彼についてのニュアンスは違うような気がする。その後のファンク路線にも、あの瑞々しいジャズピアニストとしての姿が透けて見えるときがある。だから良い、と思うのだ。
そんな演奏を加えたい。
Herbie Hancock: Flood(1975, Columbia)


ここでもMaiden Voyageを取り上げる。ファンクという器に溢れるような電気ピアノの音。甘美。
Herbie Hancock(p), Bennie Maupin(reeds), Dewayne "Blackbyrd" McKnight(g), Paul Jackson(b), Mike Clark(ds), Bill Summers(perc)

14.Herbie Mann: Windows Open(1968, Atlantic)


Mannはピンとくるアルバムに当たっていない。ジャズ・バー「ピーターキャット」のオヤジ・モード全開の記述を信じて、つい先日、見つけて手にしたアルバム。何となくSonny Sharrockで引いてしまうのだけど。聴いてみると、確かに今まで手にしたなかでは結構強いプレイ。書いてある通り。これが彼の「本当の好み」なのか「ジャズ蘊蓄のひと味違い」の披露なのか、ちょっと気になる。
Herbie Mann(fl), Roy Ayers(vib), Sonny Sharrock(g), Miroslav Vitous(b), Bruno Carr(ds)

C. Epilogue
彼のPortrait in Jazzは全部で3冊出版されている。単行本の全2冊。それを文庫本化した1冊。絵本だから、もちろん単行本を買った。後で知ったのだけど、文庫本で何人か足されている。なんか納得できないものがあるが、その中から1人を。

15. Art Pepper: Meets the Rythm Section(1957, Comtemporary)


彼の単行本のなかからArt Pepperが抜け落ちていたのは驚き。足すような奏者じゃない、と思うのだけど。
アルトサックス奏者について、ボクも感じるところがあったのだけど、それが何か、分からなかった。ただ楽器・楽器が発する音の軽さ、のようなものがあって、充足させてくれる奏者が少ないということ。Paker, Pepper, Dolphy, Desmond, Woods, Konitz、時として渡辺貞夫。それが何なのか、彼の文章の云うとおりなのか、ボクには分からない。だけど、十分満足させる、違う「何か」がこのアルバムにはある。
Art Pepper(as), Red Garland(p), Paul Chambers(b), Philly Joe Jones(ds)