K’s Jazz Days

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ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

シルヴァンマンジョ:革命中国からの逃走―新彊、チベット、そしてブータン(原著1974年)

革命中国からの逃走―新彊、チベット、そしてブータン

革命中国からの逃走―新彊、チベット、そしてブータン

 

の冬休みに読んだ本。中国人の実業家である父親と満洲八旗(清朝の貴族)の出である母親との間の子供であるマンジュ(偽名であるチベット名)の話。1925年生まれなので、ボクの父親世代、昭和ヒトケタ。終戦後、満洲から華北、新疆、さらにはチベットからインド、ブータンに逃れ、ネパールに至った逃走劇の語り。1970年頃に第三者であるマンジョが聞き取る形で、まとめられた本。

出版当時の複雑な国際情勢(米中国交正常化に伴い、反共チベットゲリラへの資金援助が途切れた、シッキム王国がインドに併呑された)を反映したような、怪しい本。聴き手の名前シルヴァンマンジョからして怪しい。それを踏まえた訳者の訳注や、解説がこの本のスクリーニングになっていて、価値を高めている。出版後30年の月日、も有意である。

本書に付録でも取り上げられているが(やはり)、外務省の密偵として、大戦中に蒙古から青海、チベット、シッキム、インドに至り、終戦から随分経ってインドで逮捕された西川一三の「旅行記」を思い出させる。西川の偽名もロブサン。内蒙古トムト旗の蒙古人として旅をしたのだ(これは面白いので、程度の良い芙蓉書房版の入手を勧める):

 

秘境西域八年の潜行 上・下・別巻 (1978年)

秘境西域八年の潜行 上・下・別巻 (1978年)

 
秘境西域八年の潜行〈上〉 (中公文庫)

秘境西域八年の潜行〈上〉 (中公文庫)

 
秘境西域八年の潜行〈中〉 (中公文庫)

秘境西域八年の潜行〈中〉 (中公文庫)

 
秘境西域八年の潜行〈中〉 (中公文庫)

秘境西域八年の潜行〈中〉 (中公文庫)

 

結論から云うと、内容的には圧倒的に西川本のほうが面白い。

(1)聞き取りなので、どうも迫り来る臨場感に乏しい。また関心事が政治と女に比重があって、現地での生活に必ずしも溶け込んでいないので、現地社会の実相が伝わらない。ただし比較的上層階級として泳ぎきったようなので、チベット動乱の様子(チベット地方政府、アムドの反乱、共産党の関係)やその後のブータンの政情(首相暗殺)は面白いが。

(2)話に潤色が多いようだ。訳者も指摘しているが、東大予科(機械工学)での学びは実に怪しい。話が平面的で具体的でなく、また目立った登場人物がいない。どうも満洲の貴族である(あれ、父系は漢人だぞ?)話を補強する材料に聞こえる。だから満洲国軍でなく関東軍に所属したという話も同様に怪しいと感じた。国民党でも共産党でもない、という第三者的なポジション作りの潤色ではないか。

(3)関東軍崩壊から、国民党の軍へ。傅作義による北京開城により共産党の軍へ。将校だったので政治教育を受け、その後に軍務の流れはリアル。共産党による兄の迫害を受け、共産党の軍を除隊、共産党の圧迫を逃れ新疆へ、さらに同じ理由でチベットへという流れから話はそれなりに躍動している。チベットでの商売の立ち上げ、主には進駐した共産軍との関係が商機をもたらしているのは面白い。西川が脱出した後、共産党軍が進駐した動乱前のラサの様子がよくわかる。新疆同様、最初の段階では現地の統治階層を温存し、徐々に奪権してく共産党のスタイル。これは東欧あたりの共同戦線的な入り口も同じだね。

(4)潤色っぽいのは、女性の活仏ドルジ・パクモとの恋愛。出会いが、動乱前のチベット地方政府の北京訪問団に参加して、というあたり。旅中に恋愛関係となり、動乱期のシッキム・インド方面への脱出路にある彼女の僧院に匿われた、というあたりは本当か。実在の人物であり、本当であれば書けない内容の筈だが。出版当時は文革末期なのだ。ネットで調べると、ドルジ・パクモは実在で、文革期に迫害を受けているようだ。

中国唯一の女性活仏の一生_China.org.cn

動乱前後の中印国境地帯(ネパール、シッキム、ブータン)の情勢を知る本としては、面白いと思う。ボクが子供の頃には、ラサからダージリンへの経路にチベット系のシッキム王国があり、地図帳に出ていた。ブータンとともに緩衝国として残っていた(アフガニスタンやイランのようなもの)。中根千枝の著作で、シッキムの王女との交友があり、動乱前にに「一緒にラサへ行きましょう」のくだりを思い出す。

マライーニの著作のような、心地よい「オリエンタリズム」がない分、面白さを減じているのかもしれない。これは読み手の問題。