K’s Jazz Days

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ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

北八ヶ岳・みどり池のあたり:20年近くの刻を隔てて


 20年近くの刻を隔ててやってきた。

 神奈川に住んでいた時分は身近な山域で、秋から春にかけて、要は厳冬期を中心に北八ヶ岳に出かけた。念のために云っておくと、北八ヶ岳なんて山はなくて、多くの峰からなる八ヶ岳という山塊のうち、夏沢峠から北をそのように呼ぶ。北限の蓼科山は入ったり、入らなかったり。比較的低い山が多く、森林限界を越えていない。だから針葉樹を中心とした黒い森を楽しむ登山が愉しい。とりわけアプローチが容易なこともあって、簡単に雪山気分を味わうことができる。

 この山域へは茅野側、佐久側から入ることができる。茅野側は積雪が多いこともあって、山スキークロスカントリースキーで遊ぶ時に北横岳や麦草峠方面に出かけた。佐久側は入山者も少なく静かで深い森を楽しむことができる。晩秋の美しさ、は忘れがたい。

 この山域を味わい深いものにしているのは、半世紀前の随想「山口 耀久:北八ッ彷徨」(創文社)。山深い森に深く沈殿する登山者の思念、登るというvectorではなくて彷徨い、が静かに語られる。戦後という時代のまさに青春期が、淡い色調の背景になっている。そんな本の記憶が、この山域を歩く時にセピア色の記憶として蘇ってくる。

 神奈川を去ってから、縁遠くなっていた。金沢からはなお遠いのだけど、ふっと出かけることになって、古い記憶を何回も何回も反芻しながら味わっていた。佐久平までの5時間。

 知人のクルマに拾われ、明るい佐久の路を稲子湯に向かった。前回泊まったのは25年ほど前か。全く変わっていなかった。

随分長い間、降雪はなかったようで、てらてらに雪面が凍っていた。それから暫し懐かしい針葉樹の森歩きがはじまる。湿気が多い北陸の雪とは異なり、乾いた感じの雪が懐かしくて嬉しい。

 記憶はとてもいい加減なもので、みどり池のしらびそ小屋までの距離を随分と長く感じた。気持ちの良かったこと、その感覚しか残っていなかった。想いだけ、残っていた。身体的なものは何も覚えていなくて、ただただ距離の長さに首を傾げるばかりだった。それでも歩き続ければ前に進む。そのうち、しらびそ小屋に着いた。ここから見る天狗岳がとても好きだ。黒い森の溶岩台地のなかで、どこか違う時間の違う場所に紛れてしまったような感覚になる。煤ぼけた小屋のなかで、スリ硝子のような窓越しにいつまでも眺めていたいと思った。そして、中山峠を目指して、また腰を上げる事にした。