K’s Jazz Days

K’s Jazz Days

ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

菊地雅章: After Hours (1994)

 何回も何回も聴いている。聴いたことがない 種類の音楽、のように思えて仕方がない。

 とにかく遅い。そして隙間だらけの音だ。ただ、その隙間は、音と音の間の張り詰めた「気」のようなものが充満していて、次の音を探索する気迫のようなものが迫り来る。この奏者は何に拘っている、のだろうか。After Hoursというタイトルでのライヴ録音、が想起される弛緩した空気を装っている。ゆっくり杯を重ねるときのBGMの振りをしているが、そんな積もりで聴くと、足を引っ掛けられて倒れてしまう、ような危なさ、がある。選曲がスタンダードなのだけど、原曲の持つ包み込むような優しさを薄布にして、その下の無骨な苦悶を隠しているが、結局のところ音の虜になった男がさらけ出されている。

 (1970年代の)ECM・アイヒャーが作る音場、ライオンやヴァン・ゲルダーの作ったBNの音と対照的な、に魅せられたのは巧みな残響による、音空間の広がり、だと思う。そのなかで(ボクたちがnaturalだと思う)音が、淡い広がりを持って描かれていく、そんな魅力。菊地さんのアルバムがECMから出たときは、そんなECMの音場で響くピアノはいい、と思った。しかし、今、改めて彼のソロを聴くと、そんな空間的な音の広がりまで制御しようとして苦悶する彼が見える。で、その苦しみは彼の狙いを体現しているか分からないのだけど、少なくとも、テクノロジーにより付加された残響、を遙かに超えるものを感じさせる。

 遅いピアノ、と書いて、金沢で聴いたイーヴォ・ポゴレリチを思い出した。ゆっくりとしたピアノの音は、その遅さが空間支配の強い意志のもとに繰られていることを、凍り付いたような会場の異様な空気で知った。そして冥界と浅く交差するような瞬間を想起させる凄まじいものだった。

 菊地さんのこのアルバムはそんな遅さ、では決してなくて、とてもpersonalな音の心象を描くに当たって、スケッチを書いている小学生のように、悩みに、悩み抜くような、そんな純朴さを感じさせるものだ。そのように作られた音、の受け止め方に慣れていないということを、思い知らされたように感じている。

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菊地雅章: After Hours (1994, Polydor)
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菊地雅章(p)