雨の3月は寂しい。雪が降り始めたときの賑やかさ、のような印象と対照的だ。ただ傘から流れ落ちる雨滴を眺めながら、ゆっくりと濡れていく鞄や足元をやるせなく見つめている。路面の水と車輪との間の舐めるような不快な音を聴きながらバスを待っていた。
晴れぬ気分(この二ヶ月はそうだ)を抱えて、金沢を発った。子供の頃からある車両、殆ど客は居ない、に乗り込んで椅子を倒す。窓を打つ雨、列車の速度が上がると、少し後方に流れていく。特急なのだけど、多めの駅に停車し、ゆっくり進む。半世紀近く前、上野発金沢行きの急行列車に乗ったことがある。その停車駅と重なっていることに気がついた。そんなことを灰色の空の下、古い列車に乗りながらぼんやりと思い出した。
黒部を過ぎたあたりから、鞄から書きかけの論文を取りだして手を入れることにした。そのとき、何となく聴いていたのはアルヴォ・ペルトのAlina。K君に教えられたアルバム。ECM new seriesではクラシックのアルバムは手にすることはあったのだけど、案外、現代音楽は聴いていなかった。ペルトについても予備知識なし(ペルトはエストニア人だそうで。フィンランドやハンガリーと同じアジア系言語の話者だね)。あのタブラ・ラサもこれから聴いてみようと思う。
ミニマルなピアノのフレーズの繰り返しのうえで、抑制された弦の音が続く。車窓、灰色の空のもとで沈殿した田畑・街・海の単調な繰り返し、ととても曲調が合う。全てが抑制されたような世界、そして眼を上げると既視感のある光景、時として進んでいるのか進んでいないのか、すら分からない。駅の名前、でようやく、進んでいることが分かる。アルバムも1時間弱の収録の中で、聴き手の時間的位置を把握することは、とても難しい。だから、そんな消極的な形での時間感覚の喪失が意外で、とても面白い。
そんな4時間あまりの記憶が薄くなるような乗車を経て、新潟に着いた。夢の中で、時間と場所、まさに4次元の座標に不連続を見出すような不思議な体験をした。そんな儚い違和感の端緒がこのアルバムだっような気が、している。そんな、少し不思議なアルバムだった。
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Arvo Pärt : Alina (1999,ECM)
1. Spiegel Im Spiegel 10:41
Sergej Bezrodny(p), Vladimir Spivakov(vln)
2. Für Alina 10:47
Alexander Malter(p)
3. Spiegel Im Spiegel 9:12
Dietmar Schwalke(cello), Alexander Malter(p)
4. Für Alina 10:53
Alexander Malter(p)
5.Spiegel Im Spiegel 9:48
Sergej Bezrodny(p), Vladimir Spivakov(vln)