K’s Jazz Days

K’s Jazz Days

ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

Keith Jarrett:Hamburg '72 (1972) 失われた環、そしてトリオという名のカルテット

 (東南アジアに旅立つ前に、ディスクユニオンで求めた音源やら書籍やら、が届いた)

 まず最初に書きたいことは、ジャズ狂いを30年以上続けてよかった、というため息のような感覚。CDのフォームにしては、やや短い時間のアルバムを無限巡回させながら浸っている。

 1979年夏にジャズを聴きはじめたときの取っ掛かりが、キースのケルン・コンサート。当時の10代後半の世代には、ありふれた出来事だ。キースのアルバム(当時はそんなに沢山ではなかった)を一気に集めたのだけど、ECMでの数枚以外は、ダイアモンドの原石のようなアルバムばかり。とても美しい、しかも野心的な音に溢れているのだけど、洗練されていないし、散らかったおもちゃ箱を渡されたような感じ。とりわけVortexからAtlanticでのアヴァキャン・プロデュースのアルバムに、それを感じた。

 そう、その後のソロのシリーズ、あるいは欧州でのカルテットに繋がる重要な取り組みなのだけど、未完成感がとても強い。その後の完成度の高いアルバム群との間に、missing ring、失われた環のようなものを感じていた。それを聴きたいと長く思っていたし、ヘイデンとのJasmineがその取組、と期待したりもしたが、全く別物。アルバムの良さと裏腹の失望感が強かった。

 だから、今回のアルバムは、キースの音遍歴の大切なピースをはめ込んだような、素晴らしい充足感を与えてくれている。30年以上にわたる渇望感に水が行き渡る感覚のなかにある。ビル・エヴァンスの後裔たるリリシズムを秘めながら、フォークやロックの曲調、さらには、あからさまなオーネットからの影響、それらが合流し、キースという大きな川の流れになっている様が、ダイナミックに記録されている。だから、Atlantic盤やColumbia盤では「キワモノ」のように聴こえた、キースのサックスなどの楽器も、その流れに見事に合っていて、過去のレコードが「キースという大きな音楽的存在」を全く「サンプリングできていなかった」事実を浮かび上がらせる。

 だから、このアルバムは、キース・ジャレット・トリオ名義であっても、マンスフレッド・アイヒャーという「もう一人の奏者」を加えた、てトリオという名のカルテット、と思えてならない。海賊盤での同時期のミュンヘンでのコンサート(これも素晴らしいが)と比べ、このトリオの輝きは一段も二段も高まっている。ボクのなかでは、キースのある一面を切り取った「Standards」やソロよりも、キースを知り得ることができ、かつ彼の芸術がある種の高みに達した瞬間を捉えている意味で、最高の作品と思えてならない。

 このアルバムがそうなる予感は発売予告時からあった。かつてImpulseで発売されていた米カルテット・クインッテット(レッドマンフランコ参加)が、ECMから出されている。その2枚のうち1枚、Eye of the Heartsの完成度の高まりを知っているから。その音場からレッドマンが抜けたら、と思うだけでゾクゾクきたのだ。

 それにしても内省的な1曲めから2曲めの流れ、ことに2曲めでフルートからピアノに持ち替えた瞬間からの来るべき音への期待の高まりには、ハンブルクの聴衆も40年後のボクも巻き込まれ、その瞬間に、その気分を表すコトバのなさに、本当に呆れてしまうのだ。

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Keith Jarrett:Hamburg '72 (1972, ECM)
 1. Rainbow
 2. Everything That Lives Laments
 3. Piece For Ornette
 4. Take Me Back
 5. Life, Dance
 6. Song For Che
Keith Jarrett(p,fl,perc,ss) Charlie Haden(b) Paul Motian(ds,perc)