春の山並みが好きだ。30年程前に行った高山から見た飛騨山脈、鬼無里から小谷に抜ける峠からみた白馬、小淵沢あたりから見る八ヶ岳や甲斐駒、春霞の向こうに手が届きそうにないような感じで聳える白嶺。今の住処のあたりも、部屋から見る県境の山並みも好きだし、特に戸外を歩いていると路地奥に立ち上がる白嶺が、山懐に抱かれたような暮らしを送っているようで嬉しい。
そんな春の日、もとの石川県庁跡のレストランで結婚披露宴があった。昼酒は染みる。夜半頃の酒の何倍かは効く
。長い一日なので水で体を誤魔化しながら、美味しい料理と葡萄酒を楽しんだ。
金沢中心地で時間に余裕ができたので、酔った脚で、散歩代わりに古書を見に行った。オヨヨ書林せせらぎ通り店。音を立てて流れる鞍月の用水沿いに歩くことがとても好きだから。
こんな日和だからか、掴んだ本は春めいた感覚に合いそうな森茉莉、澁澤龍彦翻訳本(彼の文章がとにかく好きだから、表紙も懐かしいが)。それと正反対(じゃないかな)の青木玉と庄野英二。庄野英二の場合、創文社の本の造作がとても良いから。挿画が串田孫一。雑誌「アルプ」系の文章が醸しだす香気が好きだ。
古い本は造りが丁寧。1961年出版の森茉莉の本もしっとりとした質感は、知らない間に消えてしまった昭和の空気を伝えている。まだ彼女が存命の頃、週刊新潮に連載があって、なんか可笑しいお婆さんだなあ、と思ったのだけど。ふっと書き込まれたノスタルジイに惹き込まれることもあり、気になっていた。
子供の頃、本には著者の印が押されていて(印税のシルシ、かな)、著者が自分で押したのかなあと想像を膨らませていた。そんなことは無いのだろうが。「森」印をみて、そんなことを思い出して、可笑しくなった。
春の慶事のあと、すこし艶めいた気分になって、そんな気分の補助輪のような本を連れて帰って、良き昼下がりだった。
追記:畦地梅太郎の本も手にしたり、置いたり。綺麗な本造りの創文社だけど、彼の本には殆ど色を使っていない。先日、戸隠の宿でも畦地梅太郎の版画を見たのだけど、やはりあの渋い深緑を入れて欲しかった、と思うのだ。まだしばらく悩むなあ。