K’s Jazz Days

K’s Jazz Days

ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

アコウスティックな環境で音を聴く(奇妙な音の系譜、そして亡きポール・ブレイ、菊地雅章へ)

K君の店でレコード・CDを聴く。

K君のリクエストは「わたしが興味を持つ音」。で、考えてみた。何に興味を持っているのだろか。音との様々な相互作用。心身の折り重なるような深い階層に作用するようなグルーヴ感、エロティックな快感に肉薄するような美しさ、存在し得ない何かを醸し出す沈黙、異境の音に誘いだされるようなエキゾティズム、聴いている筈のない過去へのノスタルジイ、いろいろな感覚が呼びさませる音。
この10年で喚起された関心は音、の音響的な側面。楽器の鳴りのようなもの。ジャズのグルーヴ感やドライヴ感に囚われている間には分からなかった。クラシックを聴きはじめて、そのような感覚が芽生えてきた。音の艶っぽさ、そんなものへの関心が、音響装置を充実させたい気持ちと相まって、年を経るごとに面白くなってきた。

1. Prologue
昨年の早春、21世紀美術館の地下のホールでエヴァン・パーカーのソロコンサートが行われた。30年以上前にレコードで聴いていた即興音楽の大家。ジャズという枠組みから離脱し、純粋に音が音であることを主張する。息継ぎによる空白を与えない連続の奏法。複数音が絡み合い螺旋状に高みを目指すような音。そこには旋律もリズムもない。ただ音響的な深み、が与える様々な心象が聴き手に喚起される。
音楽と非音楽の接点にあるような音が与えるのは、絶対的な美、なのか。

(1)Evan Parker, Mark Nauseef , Toma Gouband: As The Wind (2012, psi)
Evan Parker(ss), Mark Nauseef (perc),Toma Gouband(perc: Lithophones)
Recorded at St Peter's Whitstable 22 September 2012

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伝統的なジャズの面白さは勿論、そのようなジャズから見た周縁:現代音楽、民族音楽、ロックやソウルまで、そのようなものが融解しつつある21世紀のジャズを中心とした音の遠近法、のような俯瞰的なイメージができないか、それが日々の課題だと思う。
そのような感覚のなかで、フリージャズ、フリーミュージック、さらには即興音楽、そのようなものが前衛であったのはもう半世紀も前の話で、形骸化した体制破壊が前衛である訳もなく(音楽も政治も同じだ)、改めて前衛とは何か、そんな自問自答がある。ジャズのなかの前衛、avangarde、それは奇妙な感覚を呼び起こす音、だと思う。そんな音の系譜を辿りたい。

 

2.デューク・エリントンからミシャ・メンゲルベルグまでの奇妙な音の系譜

(1) Duke Ellington: The Duke Plays Ellington (1954, Capitol), MONO 米盤
Duke Ellington(p), Wendell Marshall(b), Butch Ballard(ds)

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どこにもない国の民族音楽、というコトバに似合うのはエリントンだと看破した人がいて、膝を打ったジャズの源流の豊かさ。スィング時代の穏やかな音のようで、強靱なピアノタッチ。

(2) Thelonious Monk Plays Duke Ellington (1955, Riverside), MONO, 米盤second
Thelonious Monk(p) , Oscar Pettiford(b), Kenny Clarke(ds)
Engineer: Rudy Van Gelder

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二人のアヴァンギャルドな空気は共鳴し、奇妙な感覚を喚起する。

(3) Thelonious Monk: Piano Solo (1954, Swing), MONO 仏盤Org.

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揺らぎを最大限与え、かつ強い打鍵であり、そして不協和音が光彩を放つ不思議。モンクの曲を少し。
(4) Eric Dolphy: Last Date(1964, Fontana) , MONO, 蘭盤Orig.
Eric Dolphy (fl, b-cl,as), Misha Mengelberg(p), Jacques Schols(b), Han Bennink(ds)

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死の前の演奏。とてつもない深みと同時に、モンク、ドルフィー、ミシャの曲が作る空気の奇妙さ。スタイルが見かけ上の伝統的な4ビート。だからフリージャズにか分類されないが、音が与えるアヴァンギャルドな空気は鋭い。

(5) Misha Mengelberg: Driekusman Total Loss (1964/66, Varajazz)  ?盤Orig.
Misha Mengelberg(p), Piet Noordijk (as), Gary Peacock (b on A1 to B1), Rob Langereis (b on B2), Han Bennink(ds)

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Last Dateの素晴らしさがドルフィーの存在だけによるのではなく、当時は無名であり、ジャズの辺境であったオランダのリズムセクションによることは、このドルフィーを欧州の奏者に換えたこのアルバムを聴いてもわかる。

(6) Misha Mengelberg, Han Bennink: Einepartietischtennis (1974, FMP/ICP) 独盤Orig.
Misha Mengelberg(p, vo), Han Bennink(ds, cymbal, tp, performer, saw, wind (birds decoys) voice, vibrapan)

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ミシャ・メンゲルベルクとハン・ベニンクが欧州での即興音楽の一派ICP(Instant Composers Pool)を結成。ジャズの解体でなく、脱構築的な取り組みのなかで、諧謔の比重が案外に高い。

(6) Roswell Rudd, Steve Lacy, Misha Mengelberg, Kent Carter, Han Bennink: Regeneration (1982, Soul Note) 伊盤Orig.
Roswell Rudd(tb), Steve Lacy(ss), Misha Mengelberg(p), Kent Carter(b), Han Bennink(ds)

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そしてミシャ・メンゲルベルクもハン・ベニンクもモンクへと還っていく。

 

3. 再びエリントンからセシル・テイラー山下洋輔まで
(1)Duke Ellington: Money Jungle (1962, United Artists) 日本盤
Duke Ellington(p),  Charlie Mingus(b), Max Roach(ds)

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公民権運動の最中、改めてエリントンのアヴァンギャルドな味にスポットをあてたアルバム。あのミンガスが、エリントンの前では小さくなっていた、という。 

(2) Charles Mingus: Mingus In Europe Volume I (1964, Enja)
Charles Mingus(b), Eric Dolphy(as, fl, b-cl), Clifford Jordan(ts), Jaki Byard(p), Dannie Richmond(ds)

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ミンガスの曲。人種差別主義者フォーバス知事への寓話、曲の空気が彼らの間で通底。1964年にドルフィーを伴って欧州ツアーを行っている。ミンガスバンドの味も実に奇妙で、その後、ギル・エヴァンス・オーケストラにつながっていく。ギル・エヴァンス菊地雅章との関わりが深い。

(3)Gil Evans: Live At The Public Theater  Vol. 2 (1980, Trio) 日本盤Org.
Gil Evans (el-p, arr), Arthur Blythe (ss, as), Hamiet Bluiett (bs, alto-fl), Lew Soloff, Jon Faddis, Hannibal Marvin Peterson (tp), Dave Bargeron (tb, tuba), George Lewis (tb),  John Clark (french-horn), Pete Levin, 菊地雅章(synth), Tim Landers (b),  Billy Cobham(ds)

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ミンガスの曲を取り上げるエヴァンス。原曲の奇妙な味を残している。


(4) Max Roach, Cecil Taylor: Historic Concerts (1979, Soul Note) 伊盤Orig.

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エリントンのあのアヴァンギャルドな味を純化するとセシル・テイラーまで行きつく。ソロ・ピアノには、もはや味はなく、むしろ音響的な深さ、鋭さしか残されていないが、怒濤の音なのだ。エリントンのMoney Jungleのマックス・ローチセシル・テイラーの共演。
(5) 山下洋輔: Chiasma (1975, MPS) 日本盤
山下洋輔(p), 坂田明(as), 森山猛男(ds)

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そして我らが山下洋輔。1970年代、驚くほど広く知れ渡っていた。私のフリージャズの入り口。これを聴くと森山猛男とセシル・テイラーの凄み(なぜか)をいつも感じる。1975年ドイツでの公演。

4. Coolな音:バップからECMまで(Paul Bleyを中心に)
ここで挙げる人達はアヴァンギャルドな味わいはあるが、奇妙ではない。鏡の向こう側のような感じ。あたかも対立概念のようで、通底する何かがある。

(1) Lennie Tristano: Lennie Tristano (1955, Atlantic) 米盤Orig?
Lennie Tristano (p)
A1to A4: Peter Ind (b), Jeff Morton(ds)
A5 to B4: Lee Konitz (as), Peter Ind (b), Jeff Morton (ds)

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打鍵の後、焦点がぼやけていって、不穏な音の海に潜っていくような感じ、といおうか。

(2) Lee Konitz: Subconscious-Lee (1949-50, Prestige) 日本盤
Lee Konitz(as), Warne Marsh (ts on B1 to B4), Lennie Tristano (p on A1 to A4), Sal Mosca (p on A5, B1 to B5)Billy Bauer (g on A1 to A6, B5, B6), Arnold Fishkin (b on A1 to B5), Denzil Best (ds on B1, B2), Jeff Morton (ds on A5, A6, B3 to B5), Shelly Manne (ds on A1, A3, A4)

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作り込まれた音が現代ジャズに通じる。
(3) Paul Bley (1954, Wing Records) 米盤Org.
Paul Bley(p), Percy Heath(b), Alan Levitt(ds)

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先日亡くなったポール・ブレイ。端正なモダン・ジャズからスタート。その後の変遷が実に面白く、エヴァン・パーカーとまで共演している。その変化が、時代の音の変化でもある。

(4) Jimmy Giuffre: Thesis (1961, Verve) 米盤Org.
Jimmy Giuffre(p),Paul Bley(p), Steve Swallow(b)

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ECMの源流的な室内楽ジャズ。ジェフリーのクラリネットは鋭く、ブレイ、スワロー含めフリー・ジャズの影響下にある。ブレイの前がジム・ホール。このあたりの感じが、確かにECMや現代ジャズを先取りした、を納得させる。このアルバムはECMから再発されているが、残響が付加され、「ECMサウンド」に変貌している。

(5) Paul Bley: Footloose (1962, Savoy) 米Org.
Paul Bley(p), Steve Swallow(b), Pete LaRoca(ds)

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冒頭の曲の作曲者はオーネット・コールマンフリー・ジャズが、今の時代につながる感じに整えられている。それがECMという媒体でコンパイルされたものが現代ジャズの萌芽で、その源流の音を聴いている、のだろうなと思う。

(6)Paul Bley: Ballads (1967, ECM)
Paul Bley(p), Gary Peacock (b on A), Mark Levinson (b on B), Barry Altschul(ds)
Annette Peacock (Composer)

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 ECM初期(1971年リリース)の作品だが、ブレイの未発表テープを買い取ったもの。それでもECMに聴こえるのが凄い。明らかに何枚かのブレイによるECM初期のアルバム(ブレイのテープをECMが買い取り)が、ECMの性格を与えている。

(7) Paul Bley: Open, To Love (1972, ECM
A1. Closer (Carla Bley) 5:52
A2. Ida Lupino (Carla Bley) 7:33
A3. Started (Paul Bley) 5:14
B1. Open, To Love (Annette Peacock) 7:10
B2. Harlem (Paul Bley) 3:20
B3. Seven (Carla Bley) 7:23
B4. Nothing Ever Was, Anyway (Annette Peacock) 6:00
Paul Bley(p) 

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 ピアノソロ。初期ECMの傑作。昔の妻(カーラ)、その後の女(アネット)の曲、自曲を弾く。艶っぽくも冷たい音。

(8) Paul Bley & Niels-Henning Ørsted Pedersen (1973, Steeple chase)
Paul Bley(p), Niels-Henning Ørsted Pedersen(b)

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この人の電気ピアノは冷たく、味がある。同じ時期のチック・コリアの暖かな感じと実に対照的。

(9) Paul Bley, Evan Parker, Barre Phillips: Time Will Tell (1994, ECM) CD
Paul Bley(p), Evan Parker(ss,ts), Barre Phillips(b),

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ただただ美しいということ、それを追求した結果であって、音楽のフォーマットではない。 何物でも無く、また何者がであるような

 5. Epilogue: 菊地雅章

(1) 菊地雅章: Poesy (1971,Philips) 日本盤
菊地雅章: (p), 富樫雅彦(perc), Gary Peacock(b, on A4, B1, B3)

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1971年の菊地雅章富樫雅彦は既に未来のECMの音、を出している。ゲイリー・ピーコックという媒体(ポール・ブレイとともにECMの背骨を与えている) が化学反応を与えたか。
 

(2)菊地雅章: Black Orpheus (2012, ECM) CD
菊地雅章(p)
Recorded live October 26, 2012 at Tokyo Bunka Kaikan Recital Hall

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菊地の遺作。彼のピアノは初期から一貫したスタイル。ECMが出版スタイルを固める前に、すでにECM的な音であった彼が、本当にECMからアルバムを出したのは21世紀に入ってから。そこには、今回の様々なアルバムの美しい音の断片が反映されている。奇妙で、美しい。