K’s Jazz Days

K’s Jazz Days

ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

Sounds & Silence: Travels With Manfred Eicher

Sounds & Silence: Travels With Manfred Eicher (2011, ECM)
出演:Mansfred Eicher, Arvo Pärt, Eleni Karaindrou, Dino Saluzzi, Anja Lechner, Anouar Brahem, Gianluigi Trovesi, Gianni Coscia, Marilyn Mazur, Nik Bärtsch’s Ronin, Kim Kashkashian, Jan Garbarek
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 ミュンヘンにあるECMレコードのプロデューサーMansfred Eicherを中心としたドキュメンタリー・フィルム。秋頃に手にしてから時折眺めている。またサウンド・トラックも出ていて、これも愛聽盤。Edition for Contemporary MusicたるECMを視覚的に巧く表現していることには、誰も異論はないだろう。表題もまさにECMそしてEicherそのものを表している。SoundsそしてSilence、加えてTravels。ボクたちはECMの音を聴いて沈黙を知り、そしてもう何十年も彼と旅をしている。そう、ボクたちは果てなき旅の果てにいる。

ボクの世代、丁度1970年代の終わりに大学生活をはじめてモノにとって、ECMはすでに確立された独立系レコード会社であり、アイヒャーへの声望は高かった。あのブルーノートに代表される伝統的なジャズの音空間とは全く異質な、透明度が高く、抑制的なジャズが生み出されていた。それから30年。未だ時代の摩耗を受けていない、鮮度が落ちていない、削りだした結晶に光線を当て散乱をみるような粒度が細かな音。

音と音の間に沈黙があり、その沈黙に彩りや潤いを与えるような音。フィルムのなかでアイヒャーは流れる星の尾が消え入るときの美しさ、に例えている。そして、その意図がしっかりとボクに伝わっていることを再確認する。

もう一つの鍵、それがTravels。映像はアイヒャーの本拠地ミュンヘンからはじまって、北欧やバルト海、さらにはギリシャ、レバノンそしてアルゼンチン。ECMは北欧の冷たい大気を想起させる低音の音なのだけど、フィルムも随分と虚ろな冷ややかな仕上がりとなっている。被写体との距離を随分とっていて、ベイルートもブエノスアイレスも無臭の、どこか境界の向こうで、エキゾティズムの小道具のような映像。音はそれなりに実感のあるものだったのだけど。何か、過ぎてしまった日々の記憶のような映像。

この30年、ボクもEicherに連れられてオトを聴く旅を続けている。それが、いつの日にかお仕舞いがくることは分かっているのだけど。オトが栞のようになって、すっかり混濁してしまったた記憶の海のなかで、それだけが旅の想い出として折り重なっていくのだろう。

それにしても、ジャズのレーベルとしてスタートしたECMだけど、このフィルムでジャズを感じさせることは殆ど無い。むしろクラシック・現代音楽を主とするECM New Seriesの色が強い。それが今のアイヒャーならば、少し寂しい感じがするのはボクだけじゃなかろう。ジャズの色が希薄になっていることは、皆分かっていることだからね。勿論、ECM New Seriesも嫌いじゃないけれど。1970年代のECMのレコードを何枚か聴くと、その思いが募っているだ。