K’s Jazz Days

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ジャズを中心とした音楽と本の備忘録

Western Electricのスピーカ・ケーブル WE 24GA:音の純度


 ボクは電気系の技術者なので、音響装置に関する様々な議論、が怪しくみえて仕方がない。とりわけ、ディジタル・オーディオでの高級USBケーブル、なんて明らかに狂っている、と思える。あれって、何だろうか。

 スピーカー・ケーブルにも同じような印象があって、所詮、50kHzくらいまでの周波数に対してだから、ケーブルが持つインダクタンスや、ケーブル間のキャパシタンスの作用は高々しれている。だから、ボクは安価な太いベルデンのケーブルで済ませていた。

 最近、一緒に「音」で遊んでくれるK君が、スピーカ・ケーブルを交換して音が良くなった、という。彼はボクと同じECM喰いなので、音の好みは殆ど一緒。気になって仕方がないが、前述のような「技術者の感覚」があって、手を出すまでには至らなかった。

 多分、魔が差した、のだと思う。仕事で問題を抱えていて、案外に憂鬱な日々を過ごしている部分もあるので、つい手出ししてしまった。それでも、まあエヴァンスのWaltz for Debbyのオリジナル・モノラル盤よりは随分安い投資。

 結論から云うと、音は確かに変わった。本当に透明度が高くなった。さらに、特にタンノイのスピーカに感じていた高音のエキセントリックな跳ね上がり、が大分と収まった。とても聴きやすくなった。同時に、高音が伸びず、不満があったJBLのスピーカも、綺麗な高音を放つようになった。驚き。まだエージング中で、音の印象が日々変わっている。真空管アンプの修理とあいまって、本当に深く満足できる音を聴くことができる。

 さて、技術者的にそれをどう考えるか?確かに、ボクが分かっていない世界なのだけど、特に「ヒトの聴感の分解能」のようなものが分かっていない。何dBの音の周波数特性の差異、を聴き取っているのだろうか、我々は。ケーブルを変更すると、確かに、音の信号の透過特性は必ず変わる。ただ、その変化量か小さい筈だ、って思っているに過ぎない。だから、「ヒトの聴感の分解能」によっては、その微少な変化を感じているのかな、とも思う。同時に、スピーカという大きな非線形特性、ヒステリシス、さらには音場からの再発電など、ボクが扱っている世界よりも遙かにモデル化が困難なデバイスを駆動しているのである。そこに明瞭な定量化技術を構築するのは困難だろう、と思う。結局、官能評価に頼る世界でしかあり得ない、ので、様々な「眉唾」議論も入り込むのだろうな、って想像している。

 とくかく、音は透明度を増し、綺麗になった。それが全てだ。K君にそそのかされ(いや、勧められ)、良かったと思う。

 問題点は、このケーブルのエナメル被覆むきが大変だったこと。パワー・アンプ3台、スピーカ2セットを相互接続するためのセレクタが2台ある。合計12本のケーブル対、つまり24本のケーブルの両端を削ったのだからね。随分時間をかけて疲弊した。やれやれ。

(ケーブルの写真はケーブルの販売店から拝借しました。スミマセン)